「大体塞がったな」

 獣が負っていた傷の中で一番大きかった太股の傷も、五日経った今ではしっかりと瘡蓋が出来上がっている。余程よい得物で斬られたのだろう、見事――こういうのも妙な気がするが――な程に綺麗な傷だったから、痕が残ることはない筈だ。
 しかし、あの鉄の皮といい、十字の爪といい、この獣はどんな環境に育ってきたのか。別に聞くつもりも無ければ知りたいとも思わないのだが。

「山男」
「なんだ、獣」
「ずっと聞こうと思っていたんだが、私の武器と鎧はどうした?」
「布に包んで外に出してあるが」

 汚れた包帯を畳みながら窓の外を指差す。丁度窓の下に転がされた塊を見た獣が安堵の息をつく。心配しないでも売り払ったりしないというのに。そんなものを抱えて三十里は離れた町まで歩くのは億劫すぎる。
 何かを訴え掛ける眼差しに少し返答が遅れたのは、瘡蓋が出来てはいるが縫い付けてはいない傷が開かないかという懸念からだった。あれだけ大きな爪を振り回すなら、当然足にも結構な負担がかかる筈だ。しかもここ数日寝てばかりだった獣の身体は大分鈍っていると思うのだが。
 この様子では身体を慣らしなどせずにいきなり爪を振り回しそうだ。それは色んな意味でいただけない。

「……獣、いきなり爪を振るうのは駄目だ。今のお前は体が鈍っているだろうし、筋肉も落ちているだろう」
「だから得物を振るいたいのだと、」
「せめて足の傷が完全に塞がるまで暴れまわるのは待て。下手に塞がった傷を開くと痕が残るかもしれない」

 仮にも雌である獣に忠告すれば、俺の言葉を馬鹿にしているととったのか「私はそんなこと気にしない」と言葉が返る。いや、そこは気にしろ。そう言い返せなかったのは、その時の獣の声と表情が、何か焦燥しているような、憤っているような、そんな色をしていたからだ。
 色の薄い毛の向こうで、獣の瞳がぎらぎらと猛っているのが目につく。長い眠りから覚めた後の熊のような、飢えた眼差し。そうして――――ふと、思った。馬が駆けるための生き物であるように、この獣は戦うための生き物であるのかと。

「獣」
「……っ、なんだ」
「そんなに動きたいなら、働け」
「…………は?」
「薪割りと水汲みだけでも慣れない奴には充分な労働だろう」

 雪の積もった山の道を歩くのは実際中々の重労働だ。荷物を担ぎながらは特に。俺の提案に一瞬間抜けな面をした獣は、ややあって不服そうな顔を浮かべたが、けれど、何も出来ずにいるよりはましだと思ったのだろう、俺の提案を割と素直に受け入れた。
 じゃあ、今日中に沢の場所は教えておこう、と獣に上着と防寒具一揃えを投げ付ける。笠と蓑……は、いいか。雲の様子からして今日は何も降るまい。

「……山男」
「なんだ、獣」
「…………」
「?」
「……お前は、私が女だから傷を作るなと言うのか?私が、戦いに身を置く者だと知っていても」
「いいや、そうではなく……勿体ないだろう」
「……勿体ない?」
「雪のように白い綺麗な肌をしているのに、勿体ない」

 褒めたのに殴られた。解せない。