喉が渇いた。ふとそう思って目が覚めたのは宵闇の只中のことだった。雪に加えて風も吹き出したらしい、がたがたと窓が鳴っているのを耳障りに思いながら、暖炉の側に置いてある水瓶の水を柄杓に一杯掬って飲み干す。表に出して置くと凍り付いてしまうので屋内に置いてある水は、けれどもひどく冷え切っていて、体の内側から冷える感覚にぞくぞくと寒気が走った。

「…………、?」
「……すまない、起こしたか」

 光源の無い暗がりの中、俺の気配に気付いたのか獣がむずがる声がした。夜目が利いてくるのを待って獣の側に近付く。ゆっくりとまばたく獣はどうやら寝惚けているらしく、寝かし付けるように頭を撫でれば、珍しく甘えるように擦り寄ってきた。

「……ち、うえ……」

 聞こえたのは、確かな呼び声だ。父上。はぐれた親を呼んでいるのか。生憎と俺はお前の親ではない――と、夢路にいる奴を叩き起こして訂正するほど俺は非道ではないので、暫くそのまま頭を撫で続けてやれば、やがて穏やかな寝息が手元から聞こえてきた。

「父上、か」

 懐かしい響きだ。俺がその言葉を口にしたのは少なくとも十年は昔のことになる。
 父が死んだのもこんな夜だった。冷たい風が窓を揺らす、真冬の夜。
 虫の知らせというのだろうか、あの夜も俺は夜中に目を覚まして、水を飲んだ。冷たい水を飲んだ心地が針を飲み込んだようで、朝から出掛けたきり帰っていない父を恨みながら頭から布団を被って寝た。次の朝、目覚めても父は帰っていなくて、雪がどの程度積もったのか確かめるために外に出たら、そこで父が雪を被って冷たくなっていた。
 不思議と、悲しくはなかった。山に生まれたものは山に還る。その日が父に来たのだと、そう漠然とその時の俺は思ったのだ。

「……何故、助けた、か」

 昼間、獣が問うた言葉を思い出す。助けられたから助けた。それは本心だ。山では助け合わねばならない。それも真だ。だがしかし、俺がこいつを助けたのはそれだけじゃないような気もした。
 ひゅう、と吹き荒ぶ風の音と共に、忘れかけていた寒さが体に戻ってきた。身を縮こまらせながら寝床に戻り、まだ僅かに残る温もりを逃がさないようにと頭まで掛け布団を被る。
 布団一枚隔てただけの空間は驚く程に静かで、やがて俺は、先程までの疑問も感傷も忘れ、夢さえ見ない深い眠りにつくのだった。