獣の回復力侮りがたし。

「起きたか」
「……ああ、起きた」

 一晩こんこんと眠り続けた獣は、翌朝にはけろりとした表情で起き上がっていた。頭を蹴飛ばされて起こされたことについて一言言ってやりたかったが、どうやら俺が寝ている間、火の番をしてくれていたようなので口をつぐむ。どうやら夜明け頃からまた雪が降り出していたらしい。外がいやに静かだ。

「獣、具合は?」
「悪くない」
「そうか」

 念のため額に手をやったが、獣の言う通り、熱は出ていないようだし顔色も悪くはないようだ。着物の入った箪笥を示すと、もごもごと肥えた芋虫のような動きで布団を被った獣が移動していく。
 獣が着替える間に朝飯を拵えるかと毛布から出て伸びをすると、ごきりと背骨が不穏な音を立てる。先程までの様子からして大丈夫だとは思うが、一応物が喰えそうか尋ねようと獣に声をかけた瞬間、俺が何かを言うより先に腹の虫が盛大に答えを告げた。

「……粥でかまわないか?」

 流石に恥ずかしかったのか、布団を頭から被った獣がもごもごと蠢きながら小さく「すまない」と呟いた。

 粥を食わせ、薬湯を飲ませて、包帯を変えてからもう一度布団に転がす。
 体力も気力もある状態で寝かされる状況に不満を抱く気持ちも、退屈なのもよくわかるが、念のためだと獣を布団に押し込めた。暴れないだけ昨日より大分素直だ。もう鳩尾は勘弁してもらいたい。刺し傷や切り傷と違って、打撲は後を引く。
 体力と気力の回復もそうだ。一度に回復出来る量には差がある。例えば打撲のように、気力の方が格段に時間がかかるのだ。そして、体の不調は他人から見ても分かりやすいが、精神の不調というものは分かりにくい。他人にも、自分にも。
 布団の蓑にくるまった獣が、ごろごろと身を捩りながら「眠くない」と駄々をこねる。この獣、見た目より中身が幼いような気がするのは気のせいか。

「寝なくてもいい。楽にしていろ」
「…………なぁ、」
「どうした?」
「お前は、何故私を助けた?」

 はて、随分とおかしなことを聞く。

「助けられるから助けた。それだけのことだ」

 過酷な環境で弱い生物が助け合うのは当然のことだ。俺はそう親に教わり、俺の親も自分の親からそう教わった。だから助けた。幸い今年は実りの多い年だったし、保存食も予備があるので、子供一人抱えたところで食糧には困らないだろう。
 そう告げると、獣は「そうか」と呟いたきり大人しくなった。

「……その、」
「なんだ?」
「……昨日は、殴って済まなかった」
「気にしてない」
「……そうか」