重かった。獣自体はそれほどでもなかったが、獣のやたらでかい爪がとにかく重たかった。あんなもの持って動くから行き倒れるんだぞ。群れで暮らすのならともかく、単身で野生を生きるつもりならば身のこなしは軽いにこしたことはないんだぞ。親に教わらなかったのか。

「さて、先ずはこの皮を剥ぐぞ」

 獣の身体を温めるまでの湯を沸かす間に傷の具合を確かめねばと、鉄の皮を剥ごうと手をかけた時だった。
 どすん。音にして表せばそれだけの、けれども重た過ぎる一撃が俺の鳩尾に入った。昼に食べた汁を戻さなかっただけ立派だと思いたい。
 さっきまでぴくりともしない程の死にかけだったというのに、どこにそんな力が残っていたというのか。踞る俺を尻目に床を這いながら少しでも距離を置こうとする獣に、正直この時ばかりは殺意が沸いた。
 やっぱりあのまま捨て置いてしまえばよかった。そうするべきだった。下心など欠片もない純然たる善意からの行動を、こいつは。いや、こんな状況でも抵抗するだけの意識と防衛本能が残っているだけ素晴らしいが。

「……自分で脱げるならそうすればいいが、出来ないだろう」
「…………、」
「死ぬつもりなら勝手に出ていけ。出来なきゃ次は無理矢理剥ぐぞ」

 言外に「出来るもんならやってみやがれ」と告げて、火にかけていた湯をとりに行く。今年は寒さが厳しくなるだろうと、薪を多めに作り置きしておいたのは正解だった。
 桶に移した湯と清潔な布を束で抱えて獣の元へと戻れば、獣は俺が部屋を出た時と殆ど変わらない姿勢で転がっていた。ただ、剥がされるよりは自分で脱ごうと頑張ったのか、両の後足と左の前足から皮が剥がれている。案外体力は残っているのだろうか。下手に力を振り絞られるくらいならおとなしくしていてほしかったのだが。

「獣」

 浅く細い息を繰り返す獣が、長い毛の隙間から此方を見た。「触るぞ」。精一杯の優しい声でそう語りかけて、鉄の皮に手をかける。今度は、抵抗はされなかった。
 赤い羽飾りの付いた兜と身を覆う皮を剥がし終えて、その下の布も剥いでから広げた布団の上に転がす。「寒いだろうが我慢しろ」。触れた体は氷のように冷えていたが、震えが起きている間はまだ大丈夫だろう。思っていたよりも傷も少ないしひどい怪我をしている様子もない。どうやらこいつは正真正銘行き倒れていたらしい。
 全身をくまなく拭ってやってから、毛皮と布団に簀巻きにして暖炉の前へと転がす。固形物をやっても上手く飲み込めるかわからないし戻されても面倒なので、取り敢えず昼の残りの汁と薬湯を飲ませれば、腹が満たされたことで落ち着いたのか、獣はうつらうつらと船を漕ぎ出した。

「眠いか」
「…………、」
「なら寝ろ」

 生憎と獣に欲情するような趣味は持ち合わせていない。
 安心させるために潔白を証明したというのに、獣は何故かひどく不服そうな顔で俺を見た。失礼な奴だ。