山の冬というものは厳しい。
 人より厳しい野を生きる獣達ですら毛や脂肪を蓄え巣穴に籠って身を縮こまらせてひたすらに堪え忍ぶことしか出来ないのだから、ふさふさの毛も持たなければどれだけ脂肪を蓄えても食わねば飢えてしまう人間など、冬眠どころか永眠すらしてしまうだろう。
 畑にするには土地が荒く、鬱蒼と繁る森は実りは多いが獣も多い。曾祖父の代には形を成していた村も、過酷な環境に一人、また一人と村人達が消えていき、今となっては自分一人。かつての村人達が麓に作り上げた村では俺は変わり者を通り越してもののけのように言われているらしい。失礼な話だ。俺が道を整えてやらねば沢に水を汲みにも行けず明日の竈の火にも苦労するだろうに。

 おぉん、と獣の遠吠えが谺する。仲間を呼ぶ声と共に鼻を掠めたのは幾度嗅いでも慣れない血の臭いだ。獣用の罠に獲物がかかったか、或いは麓の奴が襲われでもしたか。
 何れにせよ、確認だけはしておかねばなるまい。もし後者だった場合、家の近くで力尽きてあらぬ疑惑をかけられても面倒だ。夏場ならばともかく、冬場に死なれると土に還ることすらないから処理が大変なんだ。人肉は此処等の獣には人気がないし。
 乾燥した空気の中に漂う僅かな血の臭いを辿りながら、道無き道を無造作に歩き続ける。血の臭いに引かれた獣に注意しながら進み続ければ、そこにはなにやら満身創痍の獣が行き倒れていた。傍らには獣の爪なのだろうか、大きな刃の付いた十字の得物がうっすら積もった雪の中に埋もれている。そこから滲みる赤は獣自身のものだろうか、或いは他の獣のものなのだろうか。

「……死んでいるか?」
「……、……」
「耳は生きているか。目はどうだ?」
「…………ぅ、」
「死にかけか」

 念のため拾った薪の中でも長いもので頭を小突いて見ると、獣は僅かに身動いで再び動かなくなった。襲われる心配はないかと近くによって顔を覗き込めば、消え入りそうな呼吸が白く霧散していった。
 赤と黒で着飾った獣は辛うじて息はしているようだが、この寒空に屋外で眠っては夜明けを待たずに凍死するだろう。まだ若いせいか体つきもあまりよろしくない。

「死ぬか?」
「……、」

 獣が僅かに、首を振った気がした。