ちょいちょい、と目の前で誘うように振られる狗尾草に、それを向けられた三毛の猫が様子を伺うように前足を伸ばしては引っ込めるを繰り返している。捉えられそうで捉えられない距離を保ちつつ、けれどもけして興味を失わせない程度の絶妙な動きは、自他共に認める猫好きとはいえ手慣れ過ぎていて感心を通り越して呆れさえ浮かんでしまう程だ。
 はたして、いい日和だからと彼を遊びに連れ出してしまったのが悪かったのか、それとも庭園が自慢のこの茶店を選んでしまったのが悪かったのか、それとも、この店に猫が飼われていたのを前もって知らなかったことが災いしたのか。
 つい先程まで淹れたてだった筈のお茶は手を付けられないままに冷めきって、それに伴うように出掛ける前は晴天だった気分が今は土砂降りの雨天に早変わりだ。
 折角この店で一等良い景観の席を、彼好みだろう茶葉を用意して、心地好い時間を過ごしたいからと人払いまでさせて設えたというのに。

「……とんだ邪魔者がいたものだね」

 私の恨みがましい視線など意にも介さず、彼の手に撫でられながら恍惚とした表情を浮かべる猫の憎らしいこと。男の嫉妬なんて醜い以外の何物でもないというのに、相手が人ですらないときたらその醜さたるや凄惨なものだ。よもや自分で自分に呆れる日が来るとは思いもよらなかった。
 口から出掛かった溜息を冷めたお茶と共に飲み下すと、爽やかな花の香りと後味が少しだけ気分を落ち着けてくれて、ほぅ、と落ち込んだ溜息とはまた違った息が漏れる。
 ――どうせ彼に構って貰えないのならば、私一人でもこのお茶と景色を堪能するとしようか。
 目でも鼻でも舌でも楽しめる最高の状態であることは間違いない事実なのだから、どうにもならないだろうことにヤキモキしているよりもあるものを楽しむ方が余程良い。
 そう考えて、まずは冷めたお茶のおかわりを頼もうと備え付けの呼鈴に手をかけたその時だった。急に差した陰に空を見上げれば、その陰の正体はつい先程まで三毛猫に締まりのない表情を浮かべていた彼である。
 なに、と問うより先に塞がれた唇。
 躊躇なく歯列を割って入り込んできた舌は拒むより先に逃げていき、何かを確かめるように唇を舐めた彼が「うん、いい茶葉だな」と呟いたことで私は漸くそれがなんのための行為だったのかを知る。体温が上がったのは不可抗力だ。何時までたっても、彼の読めない行動には免疫がつかない。

「……あの子の相手は済んだのかな?」
「ああ、もういい。飽きた」

 人懐こい飼い猫の相手ほど面白くないものもないな。それはつい先程まで同伴者そっちのけでその毛並みを撫で回していた男の台詞ではないと、けろりとした表情でのたまう彼に呆れながらそう思う。それでも、彼からの興味を失った猫が彼の足元に絡み付き、邪険に追い払われるのを見てざまぁみろとも思ってしまうのだから、私も大概救えない。

「……このお茶は温かい方が香りがよくて美味しいんだよ」

 だから今度は冷めない内に、きちんと二人で味わおう?

まばゆい獣