なんでかなぁ。
 遠慮も前触れもなく自分の上に馬乗りになり、断続的に拳を振り上げる苑士を見上げながら、馬岱は妙に冷静な頭でそう思った。
 何故自分が殴られているのかも、何故彼がこんなことをしているのかも、何故、殴っている側の苑士が泣いているのかも、馬岱にはわからない。ひょっとしたら、そもそもの理由など何も無いただの八つ当たりなのかもしれない。口の中が血の味に満ちて気持ちが悪い。降り注ぐ大粒の涙が傷に染みて鈍く痛んだ。
 一際強く叩き込まれた一撃を最後に止まった暴行に、安堵するより先に疑問が浮かんだのは仕方がないことだろう。「……なんで?」。頬が痛むせいでちゃんと聞こえたかわからない問い掛けに、苑士の身体がびくりと強張る。相変わらず塩辛い雨は止まなくて、それを拭おうと伸ばした手は素っ気なく叩き落とされた。

「……おっ、まぇ、はっ、なんでっ、……っつも、そう……っ」
「んん?あれ、ひょっとして原因俺だったりする?」
「ふざけんな、っざけんなよ、……なんなんだよ、ほんと、にっ」

 ぐじゅぐじゅと子供みたいに鼻を啜りながら泣き喚く苑士の顔は随分と悲惨な有り様だ。あーあ、色男が台無しじゃないの。怒られるのを承知で言おうとした軽口は、頭を抱えるように抱き締められることで塞がれた。
 なに、鞭の次は飴?というか、着物が汚れちゃうじゃないの。駄目だよ、血って結構落とし辛いんだから。

「……幸せに、なれよ」

 なに、それ。

もっとも残酷で
とても優しい殺し方