食べちゃいたいくらい好き、と言われれば嬉しく思うが、丸飲みしたいくらい好き、と言われても嬉しくないどころか引く。それを言ったのが俺よりも数倍逞しく厳つい髭面の男だからなおのこと。いや、うん、一応俺の恋人なんだけどさ。

「んなことくっそ真面目な顔して言われても、俺はどんな反応すりゃいいの」
「笑えばいいのではないか」
「冗談にしても笑えねぇわボケ」

 現在進行形で俺の足の爪をやすりをかけて整えていた張遼は、ふっと爪先に息を吹き掛けると満足そうに笑った。
 張遼は俺のことが好きだ。正確に言えば、俺の体が好きらしい。いやらしい意味ではなく、造形的な意味で。目立った特徴など何もない、中肉中背のありふれた体型体格の俺の体のどこにそんな魅力があるのかは皆目見当がつかないが、それでも張遼の何かには触れるものがあったらしい。
 敵陣に突っ込んでいくかのような猛烈な攻勢に俺が折れたのは半年前のこと。それからずっと、張遼は俺の体を管理することに余念がない。爪を磨き、肌を磨き、髪をすいてはうっとりと恍惚の眼差しで俺を見る。手入れの仕方は張コウや曹丕様の奥方に聞いているらしく、俺の部屋の箪笥の一段には、張遼が持ち込んだ道具がぎっしりと詰まっている。
 今のところ命の危険を感じたことはないし、これといった不自由もないので好きなようにさせているが、こいつ病んでるなぁ、と感じることが時々ある。
 爪を磨かれている間、退屈だからと放った「俺のこと好き?」という問い掛けに、張遼が返した「丸飲みしたいくらい好き」もその一つだ。全くもって笑えない。冗談めいて言われればまだ笑い飛ばせたかもしれないが、そう言った張遼は至極真面目な顔をしていた。本気と書いてマジと読む。まさにそんな表情だった。

「俺いつかお前に殺される気がするんだけど」
「生憎と死体を愛する趣味はないが」
「丸飲みしたいってのはそういう意味じゃねぇの?バラさないと男一人はそう簡単に飲み込めねぇだろうよ」
「……飲まれたいのか?」
「嫌に決まってんだろ」

 おい、あからさまに残念そうな顔すんじゃねぇよ。


蝕まれた命題について