暇なら碁を打たないか、と誘いを掛けられた時に心底驚いたのは、そいつが遊びの『あ』の字を口にすることすらしないような厳格な性格の奴だったからだ。

「正直夢でも見ているのかと思ったよ。お前から遊びに誘われる事があるとは思わなんだ」
「……私とて、息抜きに娯楽に興ずるくらいのことはする」

 どこか拗ねたような口調でそう言った于禁が、散々悩んだ末に黒石を一つ、星の上に置いた。いい歳した野郎の精一杯の娯楽が酒でも女でもなく囲碁というところに何か言ってやりたかったのだが、何かを言ったところで性格が変わる訳でもなければ、そもそもそんなことが出来るなら端からこんな堅物になんてなっていないだろう。盤の上に広がる世界を見つめながら、最良と思われる場所に石を置けば、「む」と一言唸った于禁は眉間に先程よりも深い皺を刻んで、また長考を始めた。
 短くはない付き合いの友人の、たまの息抜きに付き合ってやるくらいの情は持ち合わせているつもりだが、いかんせんこいつは長考が過ぎる。妥協も加減も知らない性格故だろうか、一手一手を鉛の塊を担ぎ上げそれを打ち付けるようにゆっくりと指すこいつとの対局は、何時だってずるずると長引いて、時には一昼夜費やしても勝負がつかないことだってある。
 所詮遊びなんだからもっと軽い気持ちで打てよ――などと簡単には言えない。少なくとも俺は、こいつとこうして盤を挟んでいる時間を退屈だと思わない程度には気に入っているのだ。
 戦場に立つ時とはまた違った真剣な表情、感情も露に盤上を見つめる視線、大きく武骨な指が小さな石を丁寧に扱う仕草、普段見れない于禁を好きなだけ見ていられる、この時間が。

「文則」
「次の手はまだ思考中だ」
「好きだよ」
「……なんの真似だ」
「思ったことを言っただけ」

 顔を真っ赤にした于禁によって碁盤に叩き付けられた碁石が、激しく甲高い音を立てた。

人はそれを聖戦とよぶ