≫現パロ関銀屏と年上彼氏


「だから言ったでしょう」

 慣れないハイヒールを履いたせいでできてしまった、靴擦れの手当てをしながら諭すように彼が言う。久々のデートなのに、折角のオシャレも予定も台無しで思わず涙が溢れそうになった。

「だから言ったでしょう、銀屏にヒールはまだ早いって」
「……だって、」

 精一杯背伸びをしなきゃ、貴方の隣に並べないと思ったの。その結果がこれなのだから、その背伸びも無駄な足掻きでしかなかったけれど。じくじく、ストラップで擦れた足首が疼くように痛む。見た目は少し皮が剥けた程度なのに、どうして靴擦れってこんなに辛いんだろう。ぺたりと傷を隠すように貼られた正方形の絆創膏がなんだかひどくみっともなく見えた。
 携帯用の小さい消毒液に、大小揃った絆創膏は、私達兄妹がごく小さい頃からよく面倒を見てくれていた彼がいつしか自然と持ち歩くようになった道具の一つだ。兄上達も私も、幾度となく助けられてきた私達のための秘密道具。
 私の前に跪く彼は誰がどう見ても素敵なしっかりした大人で、私は馬鹿でみっともない子供でしかない。
 情けないなぁ、私。掴んだスカートの皺に気付いた彼が、そっと私の手を撫でた。
 膝丈のスカートを上手く巻き込んだ彼の腕で、私の体がふわりと浮き上がる。「ひゃ、」咄嗟に抱き着いた首元は暖かくて、彼の控えめな香水の匂いがした。加減なく抱き締めてしまった首は苦しかったかもしれないと気付いて、少しだけ回した腕の力を緩めれば、誉めるように耳元でリップ音が響いた。
 姫抱きで移動する私達に街行く人達の視線が突き刺さる。恥ずかしいのか情けないのか、色んな感情がぐるぐると目まぐるしく渦巻いてじわじわと熱を持つ顔を彼の肩口に埋めて隠す。マスカラはウォータープルーフの物を選んだけれど、ファンデーションは付いてしまうかもしれない。それも彼は、きっと笑って許すのだ。小さな子供を甘やかすように、穏やかに、優しく。

「……俺はねぇ、銀屏、」

 耳に吹き込むように、彼が優しく語りかける。

「ヒールで粛々と隣を歩く女の人よりも歩きやすい靴で俺を置いて駆けていってしまうような子が好きだし、お化粧を気にして鏡を見るより俺や周りを見て瞳を輝かせていてほしいし、なにより、これから幾らでも見ることになる大人の姿よりも、今しか見れない銀屏の姿を見ていたいよ」

 じわりじわりと、どこからともなく滲み出しては広がっていく、胸を熱くするこれの正体はなんだろう。
 あのね、と絞り出した声は微かに掠れて、震えていた。

「この前星彩と買い物に行った時に、可愛いミュールを買ったの」
「うん」
「シンプルなデザインなんだけど、くしゅくしゅのレースのリボンが付いてて、ヒールも低いからすごく歩きやすいの」
「うん」

 次のデートには、それを履いてくるから。
 抱き着く腕に少しだけ力を込めながらそう言うと、彼はひどく嬉しそうに「楽しみにしてるね」と笑った。