※英語が激しく適当
 間違っていた場合は遠慮なくお知らせください




その日は練習が終わってから、何故か俺の部屋に白石さんと千歳さんが来ていた。白石さん曰くダブルスの反省会らしい。
千歳さんがついてきたのについては「たまたまばい」という適当な答えをもらって会話は終了した。それからずっと勝手に俺のベッドでごろごろしていたが。すらりと長い足はベッドからはみ出し気味で、「切原君のベッドは小さかねぇ」とまじまじと言われたのが印象的である。うるせえよ。





時々俺らの会話に千歳さんが口を挟んだり、白石さんの話が盛大にずれたりし、最終的に毒草の話を一方的に聞かされていたら、いつの間にか夜を迎えていた。
時計を見て、「そろそろ飯食いに行かななぁ」と白石さんが会話を切り上げる。毒草で爆発しそうだった俺はほっと胸を撫で下ろした。白石さんの賢いであろう頭脳に偏頗的に存在する毒草に関する知識は、興味のない俺にとってまさに毒でしかなかった。
不意に頭をぽんぽんと撫でられ、振り返ると「お疲れさん、切原君」と千歳さんは悪戯っぽく笑った。
つい俺は千歳さんをじっと見てしまう。

「どげんしたと?」

撫で方も、労ってるのか皮肉なのかも分からないタイミングで言ってくるのも、似ている。手も顔も声も全て違う。なのに、さっきの千歳さんの所作は仁王先輩を彷彿とさせるから、正直参った。
立海の先輩の半数が落ち、半数がこの合宿に残った。しかも俺以外は他コートである。コートごとに練習内容も時間も違い、またお互いにハードであるため会話を交わす時間も少なかった。最近先輩達には会えていない。郷愁に近い想いが胸を占め、少しだけ切なくなった。

「なんでもないっす」

勿論、少しだけ。





「くらうざくん誘わへん?」

三人で食事に行こうとしたが、白石さんが閃いたと言わんばかりに突拍子のない提案をする。

「同じコートなんやし親睦深めなあかんやろ」

くらうざといえば、名古屋聖徳のリリアデント・蔵兎座のことである。全国大会準決勝で俺が引導を渡した相手だった。

「俺は別に構わんよ」

千歳さんはそう言い、俺を見る。お前はどうだと、問われている。確かにクラウザーには準決でボコボコにされたし、したけど、いちいちそれを根に持つ俺ではなかった。何より俺勝ったしな、うん。

「俺もいいっすよ」

俺が答えるやいなや、白石さんは紙とペンを出してきて、英語を書き始めた。多分ご飯を誘う趣旨の英文なんだろうと思う。正直何書いてんのか分かんねえ。

「なして口で言わんと」
「今の俺には完璧な発音はできんからや」

一通り書いた英文が気に入らないのか、白石さんはぐしゃぐしゃと紙を握り潰した。急に躊躇なくそうするからぎょっとする。白石さんは何回か英文を書いたが、どれも納得せず「英語辞書ないんか」とぼそりと呟いた。単語一つ一つ辞書から調べて吟味したいらしい。いくら白石さんでもそんなことをしていたら晩飯が食べられなくなる。

「白石、多分今のお前見たら財前発狂すっとよ」

千歳さんは部屋に備えられていたパソコンを指さした。それで調べろという意味らしい。そうは言いつつも、「パソコン使い方知らんけど」と千歳さんは苦笑する。
そして、そうこうしているうちに千歳さんの腹の虫は暴走した。

――ぐぎゅるぅううううう

巨躯に見合った大きなお腹の鳴る音がした瞬間、千歳さんは恥ずかしそうに俺のベッドに再び体を倒した。俯せになって小さな声で「早よして白石…たいぎゃなかつれとっと……」と呟く。意味は分からないが意外とこの人可愛い。





英文が完成してから、ようやく俺達はクラウザーの部屋に向かった。数回のノックでのんびり出てきたクラウザーは胡散臭そうに俺達を見た。

「What do you want?」

高めの声で紡がれた、洋画でしか聞けない流暢な外国語。それはものの見事に聞き取れなかった。かろうじて英語なんだろうなと思えるだけである。
しかし白石さんは営業スマイルと共に、先ほど仕上げた紙を見せる。

――Would you like to join us for a dinner?

クラウザーはきょとんとしながら紙と白石さんを見比べる。通じているか否かなど、英語の成績1の俺には全く予想できない。

「どや、くらうざくん」

数秒逡巡したのち、クラウザーは何も言わずにこくりと頷いた。





俺はカツ丼と煮物、白石さんは魚介類がたっぷりと乗ったトマトパスタにスープとサラダ、千歳さんはご飯に山盛りの馬刺、そして味噌汁に煮物であった。煮物は白石さんの指示によって無理矢理追加させられた。俺達じゃなくて、是非丸井先輩の栄養管理をしてもらいたい。

「くらうざくんこっちやでー」

白石さんは大きく手を振り、クラウザーを呼んだ。俺の隣には白石さん、真向かいに千歳さんがいる。クラウザーは千歳さんの隣に座った。そのトレーには白米、焼き魚、味噌汁に漬け物という和食中の和食が並んでいる。それらはメニューを迷っていたクラウザーに代わって、白石さんが選んだものだった。

全員揃ったこともあり、早く食べたかった俺はぱちんと音を立てて手を合わせた。
白石さんや千歳さんも俺に続くが、クラウザーだけ戸惑いながら手を合わせる。きょろきょろとあえて俺以外を見、自分の行為を確認している。
ふと目が合うとむすっとして顔ごとそっぽを向かれた。なんでだ。

「いただきまーす」
「……マス」

俺達が食べ始めて、一歩遅れてクラウザーも箸を握る。和食はあまり食べたことがないのか、焼き魚に握り締めた箸を恐る恐る突き刺そうとした。
しかし、その動きはぴたりと止まる。
クラウザーの視線は隣に座る千歳さんへと一心に降り注がれていた。

「What is it ?!」

千歳さんは馬刺を口元にまで持って行った時点で手を止める。イットとは恐らく馬刺を指しているのだろう。まるでそれを虫とでも思ってるのかってぐらいに、不可解そうにクラウザーは凝視する。

「それ何って意味ですかね」
「多分そうやろな。そっか、外国ではナマモノ食う文化少ないしなぁ」
「馬刺って英語でなんていうんすかね」
「馬はホースやろ、せやけど『馬刺』の『さし』てなんやねん」
「確かに」
「あっかん、無駄なくしてや説明できん自分が悔しいわ!」

食事中にもかかわらず、白石さんはぐしゃぐしゃと艶めく髪を掻き乱した。白石さんは綺麗系のイケメンだし、自分が恥ずかしくなるぐらい優しい人だ。けれど、相容れない部分は多々ある。関西人特有のオーバーリアクションとか、毒草とか毒草とか。悩む白石さんの呟きを話半分で聞きながら、つゆにひたひたと濡れたトンカツに噛みついた。
一方、真向かいの二人はゆるい文化交流を始める。

「馬刺ちいうったい」
「ば……?」
「ばさし。うまかよ」

千歳さんが話しているのは日本語だ。勿論クラウザーには通じず、首を傾げ、フランス人形みたいな細いプラチナブロンドが柔らかに揺れる。
千歳さんは見本と言わんばかりに馬刺をぱくりと口に入れた。
それと同時にクラウザーは顔を引きつらせる。よっぽど赤黒い肉らしい色をした馬刺が気持ち悪く思えたらしい。しかし、馬刺をよく味わい、飲み込んでしまった千歳さんは動じない。

「ま、よかけん食ってみんね」

そう言いながら、漬け物の皿にタレをつけた馬刺を置いた。
戸惑い顔でクラウザーは隣の長身の男を見上げる。

「怖くなか怖くなか。な?」

千歳さんは浮かべた笑顔を崩さず、その視線を受け止めた。

「ナウシカはこぎゃん気分やったんかねぇ」
「こら千歳、どさくさ紛れて何言うてんねん」
「?」
「怒られちまったばい」

どういうことかと思い白石さんを見ると、「あいつ重度のジブリオタクやねん」と苦笑していた。でもそれは白石さんが注意した意味の説明にはならない。今度ナウシカ見よう。

「…………」
「心配せんでもうまかよー。男ならどーんと食ってみなっせ」

馬刺を睨んで、じっくりと無言で悩む。嫌いな物を食べるまで何もできないお仕置きのようだった。たっぷり30秒の馬刺との謎の攻防戦をふとやめ、クラウザーは俺を見た。いや、睨んだ。細められてた紫電の炯眼は、焦点を合わせて俺を射抜く。いきなりのことなので反応が遅れたが、因縁づけられるのはひたすらウザい。1年のくせに生意気だぞウザウザー。

「負けたないんやなぁ」
「え」

白石さんがぽつりと呟いた瞬間に、クラウザーは馬刺をまるでフォークのように雑に箸で刺し、口の中に放り込んだ。ぎゅっと目を瞑り、ひたすら口内をもごもごと動かしている。生肉の独特の食感をどう思ったのか、ゆっくりと確かめるような動きだ。不快感を表した眉間の皺がくっきりと刻まれる。
千歳さんは楽しそうにクラウザーを見守っていた。
そして、一つの変化が現れる。

「!」
「おおっ!」
「なんや!」
「うまか?! うまかったとや?!」

目をかっぴらいて、意味も分からないであろう千歳さんの言葉にこくこく頷く。そして馬刺を喉の奥に飲み込んで、一言。


「美味しいデース」


あまりにもテンプレの外国人の片言だ。それがツボに入った白石さんは「ぶふっ」と吹き出したあと、しばらく口を押さえて震えていた。
日本語を喋れるなら最初からそうしてほしい。
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -