何故不法侵入者とお茶を啜らなければならないのか。



軒下で座禅のように足を組み、大男――千歳千里は褐色の肌をした喉をこくこくと鳴らして、冷えた麦茶を旨そうに飲んだ。かたり。コップが下に置かれ、氷がガラスに当たる音が何とも涼しげだ。
千歳は先ほどからお茶を飲んでは、コップをまた元の位置に置くという動作しかしていない。テニスコートと鐘しかない珍妙な庭を見ながら、何が面白いのかゆったりとした笑みを口元にたたえている。
その顔を覗き込もうとしたとき、視線は想像以上に肩、首、と上へ上へ辿らなければならない。40cm以上ある身長差は大きかった。自分と二個しか年が離れていないのに、この体格差。神様がいるというなら不平等だとリョーマは思う。琥珀色をした麦茶に映った自分があまりにも面白くない顔をしていたから、ぐいっと一気に飲み干してやった。

「俺に何か用なの」

ようやく口を開いたのはリョーマだった。ぶっきらぼうに放たれた台詞に、千歳はリョーマに目をやる。日頃から見下ろされることには慣れているリョーマだが、その感覚は今回ばかりは一入だ。忌々しげに顔を歪める彼に誰かを重ねたのか、苦笑した千歳はどこか楽しそうだと思った。

「越前リョーマ、越前南次郎――こん二人だけがテニス界で天衣無縫の極みに辿り着いとうと」

千歳は目を伏せ、カルピンの背中を優しく撫でる。組まれた足の中にはカルピンが気持ちよさそうにくつろいでいた。千歳がリョーマとは比べ物にはならないほど大きく、がっしりとした手で顎の下を掻いてやると、ごろごろと喉を鳴らす。ふわふわとした純白の毛が、浅黒い指に絡む。ほぁらとカルピンは気の抜けた声で鳴いた。よっぽど彼の傍が居心地が良いのか、飼い主たるリョーマが隣にいるのにちらりともこちらを見ない。

「そん親子が毎日どげん景色見よんか興味あったと」

流石日本一の無我マニアだ、と何も言わなかったが、内心リョーマは舌を巻いていた。自分の研究対象ともいえる無我の境地のためなら、遠く離れた東京までやって来る。その情熱がリョーマにはさっぱり理解できない。自分のテニスに向けた思いと同じなのだろうとは思うけれど。

「ばってん、さっぱり分からんたい。まず俺は百錬自得も体得せないけん、当然かもしれんねぇ」
「ふーん」

興味の全くないリョーマの生返事を気にもせず、千歳は「コシマエくん」と大阪のゴンタクレと同じように彼を呼んだ。リョーマはまた千歳を見上げる。

「どげんやって天衣無縫の極みん扉ば開けたとや」

笑いもせず、千歳はぎらぎらとした瞳をリョーマに向けた。肉食獣のような、求めて止まないものに一直線に突き進む、力強い瞳。
カルピンが千歳から離れていく。ひょいっと足から降りて、とことこと境内に去っていく後ろ姿を千歳はただただ見つめていた。

「千歳さん」
「なんね」
「テニス好き?」

彼の質問には答えずに、リョーマは側に置いてあったラケットを手に取った。グリップを握り、手に吸いつくように馴染んだ感覚を確かめる。そして廊下から降り、千歳の方へと振り返った。リョーマはいつもの人を食ったような笑みを浮かべ、真っ直ぐに千歳を見ている。
それが何故だか千歳にはとても眩しく感じた。

「……好いとうよ。何よりも、きっと自分より、好いとう」

そう言いながら、千歳はそっと目を伏せた。押し殺したような彼の癖のある声に、千歳千里の全てがあった。

「だったらさ――」



テニス、やろうよ。



ぴゅうっと強く一陣の風が吹き荒れる。じりじりと照りつける太陽の暑さを忘れさせる、夏の匂いがする爽やかな薫風だった。靡く前髪が千歳の右目を隠す。視界が右半分隠れていても、左目だけでも、ラケットを自分に向けるリョーマは見える。ふわりと風が止み、少し目を瞑った。そしてゆっくりと開いたとき、千歳もまた笑っていた。

「よかよ」

それが、千歳千里の答えだった。
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