「世話んなったばい」

船着き場で俺を振り返って千歳は言う。頭には麦わら帽子、両手にはサトウキビそのまま突っ込んだお土産盛りだくさんの紙袋。元々浅黒かった肌の色は少しだけ濃くなったのではないだろうか。
千歳千里は今日この日に本土に帰る。



千歳が沖縄に来たのは数週間前に遡る。彼はいきなり比嘉中テニス部に涙目になりながら現れ、「お腹減ったばい……」と田仁志クン並みの巨体のくせに雨に打たれた子犬のような顔をして我々に食べ物をねだった。俺や平古場クンは当然無視をしたが、少しおバカな甲斐クンは餌、ならぬおやつのサータアンダギーを田仁志クンからぶんどって千歳に与えた。さらに話を聞くと、千歳は帰る金もないと言う。大阪四天宝寺のテニス部員であり、九州二翼の一人。あくまでも千歳千里は我々比嘉の敵であり、情けをかけるなどありえない。そうは思ったが、元々似ている部分があるのか、千歳を甚く気に入った甲斐クンは千歳の世話を進んで引き受けた。

千歳は「ぶらぶらしちょったらたまたま辿り着いた」沖縄を数週間、精一杯満喫していた。暇さえあればぶらぶら歩き、時には素潜りに参加し、縮地方の練習も興味深げに眺めていた。船代はバイトで稼いだ。甲斐クンの家の酒屋とたまに田仁志クンのレストランでもピンチヒッターとして働いていたらしい。基本的に甲斐クンの家に住み込みで働いていたが、たまに俺の家にも遊びに来ることもあった。

ある日、昼ご飯を食べに来たようなタイミングでふらりと現れた千歳は、ゴーヤーチャンプル(千歳は基本的になんでも食べる)をがつがつ食べながら、「夏休みが終わっからそろそろ帰るばい」と突然告げた。俺が何も言えずにラフテーを摘んだままでいると、「そんラフテー俺にもくれんね?」とラフテーがこんもりと盛られた皿をよこすよう言う。白米片手に俺を見る千歳は至って平静だった。ずれかけた眼鏡を押し上げて、皿を渡す。千歳は肌の色とは対照的な真っ白な歯を見せて、にっこり笑って礼を言う。いつかそうなることは分かっていた。長い間一緒にいて、情でも移ったのだろうか。いざ帰ると分かると何とも形容しがたい感情が俺の中を占めた。



「千歳、じゅんにけーるぬか?!」
「すまんばいね、裕次郎。そろそろ帰らんと、白石に本気でどやされっとよ」

最も千歳に懐いていた甲斐クンが彼の周りを跳ねている。千歳は困り顔ながらもはっきりと頷いた。沖縄の言葉を初めから千歳は勘で大体理解する。そしてニュアンスでのみ会話をこなしていた千歳がきちんと沖縄の言葉を覚えることはなかった。
麦わら帽子を押さえながら、千歳は俺を見た。

「殺し屋ち言われとうが、お前はそげんこつなかばい。ほなこつ部長ち生き物はお節介焼きばっかやねぇ」

くつくつ笑いながら、平古場クンは俺の背中をばしばし叩いた。むっとしながら彼を睨むと、千歳の豪快な笑い声が聞こえた。甲斐クンもつられて笑い出す。

「そろそろ、やね」

千歳がそう言うや否や耳を擘くほどの汽笛が辺りを包む。

「そいじゃあ」

千歳はそう言って踵を返した。大きすぎる背中に向かって、甲斐クンはぶんぶんとちぎれんばかりに手を振る。

「えーしろ」

最後の最後に、千歳は振り返る。聞き慣れた、舌っ足らずな俺の呼び方。何度も訂正するよう言い含めたが、千歳はそれを直さなかった。銀のピアスと共に見える、へらりとした千歳の笑顔。
これを見るのも、今日が最後だ。

「まのみぐさぁちゅーさーばい」








テーマ:千歳の麦わら帽子は正義。
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