神様はお好きですか?






ハルヒが不在、ただそれだけで他は何も変わらないSOS団の部室で、古泉と俺はいつも通りに卓上ゲームに没頭していた。今日はカードゲームの中でも最も日本人にポピュラーなトランプを、更には誰もが知っているであろうババ抜きを勤しんでいる。
そして、いきなりだがババ抜きは今まさにクライマックスを迎えていた。俺がジョーカーを取るか勝利の栄光を掴むかの瀬戸際に、涼しげな表情を崩しもしない古泉が場違いな質問をしなければの話だったが。
俺から見て右、古泉から見て左のカードがジョーカーだったかどうかは知らないが、俺は触れていた指をすっと引っ込めた。
引っ込めて、自分のたった一枚の手札に視線を落として考えた。もしかしたらあのカードこそ、俺の持つカードのペアだったのかもしれない。だから古泉は訳の分からん問いかけを俺にしたのだと。
けれども古泉の作戦に一度乗っかっちまった俺は疑心暗鬼にかられる訳だ。そうと見せかけて左?いややっぱり右か。俺の決心は結局砂上の楼閣のようにあっさり崩壊した。
くそう、古泉。相変わらずの策士だ。

「?何の話です?」

とぼけるな。俺の意識を一旦その恐らくはジョーカーじゃないカードから逸らして、再び考えさせる作戦だったんだろう。

「もしそうなら、あなたから見て右のカードはあなたに勝利を導く女神ということになる。そう思うのなら引けばいいだけの話でしょう」

いや全く。その通りだ。
しかし、俺の手が動くことはなかった。
古泉の顔がいつもよりにやついているのは気のせいだろうか。

「では、こうしましょう」

そして古泉は二枚のカードを後ろへ持って行き、何やらごそごそと動かしている。大方シャッフルでもしているのだろう。結局振り出しに戻る、だ。

「さあ、思考も一新しなければならなくなったのを機に、僕の質問に答えてくれませんか?」
「さっきの神様が好きかどうかって奴か?」
「ええ」

そして古泉は確認もせずにぺたりと二枚のカードを机の上に並べた。
それじゃあババ抜きのゲーム性が失われる云々言いたいことは山ほどあったが、俺が奴の顔を見ても、古泉はきらきらした笑みを浮かべたままだ。
仕方ない。ババ抜きも手詰まりなことだし質問に答えよう。

「神様ねぇ……」

大体、神様なんて宗教によってまちまちだろう。世界に一体何人いるのか分からない。中には牛の神様なんてのもいる。いっそ人と数えたらいいのか体なのか。それにこの国には八百万もいるって話だ。
お前が指しているのはどの神様なんだ。

「あなたの神ですよ」

俺の?

「ええ。僕にとっての彼女のような、唯一無二の絶対神。あなたにはいませんか?神様が」
「生憎と無神論者なもんでね。それに俺はハルヒが神様だなんて思ってもいないからな。俺の世界に神はいないさ。だから好きか嫌いかも分からん。以上だ」
「それは、羨ましいことですね……」

果たしてそうだろうか。
古泉がどうかは知らないが、最後の最後に縋る存在、それが神という奴だろう。それがいないということは、俺が絶望に打ち拉がれようが救ってくれる存在なんかいないということなのだから。
まぁ、救わないという点においては古泉の神様も一緒か。傍若無人な、ある種人とは思えぬ振る舞いをするハルヒを想像して、こっそり古泉に同情した。

「僕は、神様なんかいらないと思ってました。憎んですらいましたよ。こんな能力を徒に与えた神をね」

ああ、ああ。そうだろうとも。
いきなり訳の分からない超能力を与えられてあんな殺風景な空間にぶち込まれりゃ戸惑ったり発狂しそうになるのがオチだ。それもテレパシーやテレキネシスみたいなものじゃなく、ただあの凶暴極まりない巨人を倒すためだけの能力じゃあそうなるだろうな。
けれど古泉の指す神様がハルヒであるだけに、少し複雑な気分になったのは内緒の話だ。

「それと同時に怖くもありました。神人を生み出したのも、僕らにこの能力を与えたのもその一つの存在なのですから、当然の帰結です」
「……ハルヒのことが怖いのか」
「ええ…いや、違いますね。今の僕の肯定ではないです。それは過去のことなのですから。それでも偶に感じたりするのですが、やはり怖いですよ。畏怖すらも感じますね。あなたも見たでしょう。彼女が世界を作り替える様を」

SOS団を設立してから間もない頃、どういう訳かハルヒは一度この世界をぶち壊そうとした。俺とハルヒの二人だけを閉鎖空間内に押し込めて、他全てを排除するという何ともよく分からんことをし、そして新たな世界を作ろうとしていた訳だが……確かに古泉の言う通りかもしれん。
もし、いや、仮定にもならないな。俺は実際目にしているのだから。ハルヒにはやはり神にも等しい力があって、それがあいつの機嫌如何で行使される。それで俺たちは傍迷惑な不思議事件たちに巻き込まれる羽目になったのだが、もし長門や朝比奈さん、そして古泉に俺、誰か一人でも欠けていたら、きっと世界はとんでもないことになっていたに違いない。一人欠けていたら起こらなかったのかもしれないが。
神様なんてものはその全能性故に縋られてはいるが、反面畏れられてもいる。民衆は崇拝しつつも畏怖の念を持つ訳だ。
それをハルヒと奴ら三人が所属する組織に置き換えると、ハルヒを利用したいと思いつつ恐れるのは「機関」、「未来人」、「情報統合思念体」共通のことなのかもしれない。
けれども、そうだ。例え古泉の言ったことがその通りだとしても、俺はハルヒのことが怖いと思ったことはなかった。

「それです」

古泉の顔から女子なら卒倒するような笑みは不意に消え、真剣な表情が向けられる。何を言われるか分かったもんじゃない状況で、内心たじろいだのは言うまでもない。

「あなたの存在は常々異常だと思ってきました。僕は言いましたよね。何の能力もないただの一般人が、何故涼宮さんの傍にいるのでしょう、と。その謎をSOS団入部当初は分かりませんでした。でも今ならはっきりと分かります。あなただって僕らと同じ、理由があった」

それは何だ。俺にも特殊能力が!?とひっそり浮かれていると、古泉の目つきは少しだけ鋭くなった。

「あなたは何があっても涼宮さんを恐れない。異端とは思わず接していることです」

は?思わぬ回答に口が開きっぱなしになる。
そこでようやく古泉は元の表情に戻した。

「答えはとてもシンプルでしたよ。異常であって、異常じゃない。けれどそれはあなたにしかできないことだ」

俺は口を噤み、机の上に視線を落とした。
確かに体育の授業の前でいきなり脱いだり七夕の夜の校庭に宇宙文字を書いたりバニーガールになってSOS団の宣伝をしたりとハルヒの行動は常軌を逸している。谷口を筆頭に、ハルヒとまともに接する奴は少ない。というかほぼいないに等しい。この愉快な団員様たち以外は。
分かる、あんな無茶苦茶な奴に付き合ってられないのも分かるさ。俺だってそう思うんだからな。
けど、ハルヒは怖くなんかないぞ。ただ、あいつは我が儘で高飛車で唯我独尊で人の話は聞かないし一度決めたら即実行だし頭はムカつくぐらい良いのにどこか馬鹿でスタイル良くて笑った顔が可愛くてポニーテールは非常に萌えで、他人に実は慣れてないからいざ感謝されたら照れちまう、実は可愛げがある奴なんだ。怖い訳あるか。神様だろうがなんだろうが、さっき自分で言ったことを否定するようでなんだが、やはり涼宮ハルヒは怖くない。
俺はおかしいのだろうか。
でも、俺は――

「仕方ありませんねぇ。ゲームを再開させましょう」

そこまで悶々と考え出した俺は、古泉の台詞ではっと我に帰った。
古泉は俺の様子なんか気にすることもないように、机に置いた二枚のカードを手に取った。それを改めて確認して、俺へと視線を移す。

「さぁどうぞ」

古泉の顔を見る。有無を言わさないその態度は、ゲームを再開しなければならないようだ。
相変わらず長門には劣るが見事なポーカーフェイスで、その表情は読み取れない。右、左、両方のカードを触れてみるも、ぴくりとも表情筋は動かなかった。
ええい、ゲーム性がどうこう言っている場合か!
俺は右のカードを掴むと、何故か力んで一気に引き抜いた。それを確認した俺に、古泉が一言。

「それでは次は僕の番ですね」

結局決意して勘に頼った結果、俺が引いたのはジョーカーだったのだ。げんなりしながら手札に加えていると、視線を感じる。
古泉と目が合った。
俺を観察して、楽しんでいるような目の色。悪趣味な奴め。こいつはきっとゲームに勝とうと躍起になっている俺が面白くて仕方がないのだ。そしてそれがまた楽しいのだろう。お前が俺とこうやってゲームをする理由なんかそんなもんだ。だからこそ負ける訳にはいかないと思った。
ゲームはまだまだ終わりそうにない。
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