例えば汚らわしいとかそんな理由で人間は虫を殺すだろう。
虫を殺す理由は様々で、僕個人としては伝統と言ってもいいと思う。親が言うからその虫は汚く、親が殺すから自分はその虫を殺すのだ。何代も何代もその系譜が繋がって、今の我々の習慣を形作ってきた。
嫌悪感露わにして自分たちが何万年もかけて進化してきたその全ての英知を賭けて、進化が止まってしまっている(といっても遺伝子上の変異は続いていて実際は姿形からは進化が見えないだけだが)節足類の下等種とも言えるような生命体をありとあらゆる手段を高じて抹殺しようとするのだ。
地球上もっとも優れた生命体とも言える人類が、だ。
端から見てなんと滑稽なことか。牙を向かないことが分かっている下等種を、優位種が利益追求のためでもなく駆逐するなんてことは動物間の相互作用を考えてもなかなか起こらないはずであるし、人間間でもそれは変わらないだろう。

彼らは危機感を持って殺している訳ではない。
この種は衛生的に考えてこの上なく最低な環境に適応しやすいだけで、それらは一応無益であるはずだ。ある種の危険な細菌を媒介する場合もあるだろうが、そうであっても発達した清潔な空間ばかりの現代でバイオハザードなんてありえない。ただの生理的嫌悪感で殺しているのだ。

更に言うなればもしもこの種を滅ぼそうとした挙げ句の果てに絶滅の危機なんてことになれば、彼らは地球の宝たる遺伝子を失くしたくないと考え出すはずだ。
故に抹殺の対象は一転して庇護の対象に変わる。
今まで消滅を願っていたのに。確かに彼の種は強い。人間が開発したある種(彼らにとっての)兵器にも着々と抵抗力を増すようになっている。僕の仮定など正直将来起こることなどないだろう。
しかし、もしもそれが起こるなら。
この種は加害者共の手によって、「殺してはいけないもの」とされるのだ。なんと愚かなことなのだろうか。利益も求めずただ無心に殺していたものを守るとは、全く人間のそういうところは僕には理解できない。

殺すのをよせとは言わない。
今まで形成してきて遺伝子にまで組み込まれているかのような殺意をなくすことなど不可能だろう。
普通の人間は人間を殺せはしないし、食べることを除いて動物だって殺さない。なのにあの虫だけは殺す。無意味に、罪悪感もなく。しかし殺しすぎたら殺すのを止める。
人間とはなんて自分本位なものなのだろうか。







一通り彼女に最近考えたことを語った後、僕は一息吐いて読んでいた雑誌に意識を戻そうとした。
すると足下に何やらかさかさと動くものが見え、真っ直ぐに僕へと向かってきている。

件の、「奴」だった。

何故。馬鹿か貴様は。
何故貴様らを殺す側である僕の方に来る。
こっちに来るんじゃない。何をするつもりだ登るつもりなのか。やめろこっちに来るな。やめろ、やめろやめろやめろ――



「僕に触れるな!」



丸めた雑誌で叩き潰すと、びちゃ、と耳を塞ぎたくなるような音がした。

「なんでティエリアさんはそこの生命体を丸めた雑誌で叩き潰すという伝統に沿った殺し方をしたんですかー?」
「……無論、こいつが僕に触れようとしたからだ」

にやにやとあまり見せない彼女の人の悪い笑みを、僕は見ていない振りをした。
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