忙しなかね。俺ん部屋せこせこ動き回って、掃除してく名前ば見ながら一人ごちた。名前はさっきから俺んこついっちょん見てくれん。俺は広かつも狭かつもない自室の居間で、名前が掃除し終わるんを一人待っちょる。

居間はたいが綺麗かった。
広げとった俺ん将棋の本も、囲碁会館のじいちゃんから借りてきたまーご分厚か指南書も、今は本棚に収まっとる。脱ぎ散らかしとう服は洗濯機に放り込まれたとやし、干しっぱなしの洗濯物は全部たとんでくれたったい。
申し訳なか思ったばってんが、名前は「自分がいる環境を整えるのは当然だよね」ち言うてへらり笑った。なんか鈍器が頭ば強か殴ったごた衝撃受けたったい。
次名前が来るときはきれかしよう思たっちゃけど、俺は忘れてしまって、また彼女を呆れさせるんやろね。

しょんなかやし、俺は名前ば見つめる。こたつに両足突っ込んで、顔だけそちらさん向ける。俺だけ時すら止まっとるごた気がして、一人取り残された気分やった。早よ終わらんかなち思て、じっと待つ。
そういや、名前がカーペットん埃ば取れ言いよったばい。忘れとったばってんが、手にはしっかりコロコロがあっと。俺は手ば前後に動かした。髪の毛や埃がカーペットん毛から引っ張られてく。
ばってん、目だけはちらちら名前ば見とる。俺んマグカップや皿ば洗ってくれよる後ろ姿見よったら、なんか幸せになるったいね。こん子はほんなこつ女の子やねち思う。

「千歳、終わったよー」

タオルで手ば拭いてから、名前は俺から少し離れて座ってこたつん中に足ば入れた。俺ん足はでかいけん邪魔になる。隣座ればよかとやのに。
ばってん、タイツに包まれた名前ん足に当たるんが少し嬉かやったりもすっと。そん足はひんやりしとって、そういや暖房つけるん忘れとったったいねち思た。寒かったやろに。すまんばいね。ふと手ば動かして、名前んすねに触れたら、ぴくりちいうて肩ば跳ねさせた。
やっぱ、冷たか。

「千歳?」

名前が俺ん名前呼んだんに、「ちょっと待っときなっせ」て言うて、俺は台所に向かった。さっき洗ってくれたトトロが描かれたむぞらしかマグカップ。そして、食器棚からたんぽぽん絵柄ん奴取り出そうとしたとき、いつの間にやら名前が隣に立っとった。

「私も手伝うよ」

牛乳ば注いで温めて、そっからココアば入れてかき混ぜるだけ。そいだけやし、名前が手伝うんはほなこつはなかやった。そげんこつ分かっとうけど、俺は「ありがとな」ち言うてマグカップば一つ、渡す。こたつんときより近か距離に名前がいるとやから。さっきから働いてばっかやのに、今もこげんして手伝ってもらいよる俺はずるかやろか。

「これ、可愛いね」

桜貝ごたるむぞらしか爪ん先で、名前はマグカップばつつく。たんぽぽん花に、テントウムシがちょこんと座っとう、春のあったかな一風景。それは俺には到底似合わん女物やった。
自然と上目遣いになる名前ん目は、なんや意地悪っぽく細まっちょる。そいだけで彼女が言いたかこつは分かったと。

「彼女の?」
「そげなもんおらんばい」

名前が持っとうマグカップに牛乳ば注いで、電子レンジに入れる。じいーちいうてくるくる回っちょる間、彼女は黙ってテントウムシば見つめよった。ふいに、名前は「やっぱりあっちで待ってるね」だけ言うてぱたぱた居間に戻ってった。足ば冷たかったんやろか。そげんやったら、スリッパ買ってやらんといけんとね。
電子レンジからマグカップば取り出して、ココアん素入れてスプーンでかき混ぜた。白か牛乳がすぐに甘ったるく濁っていった。

「はい、どうぞ」

ちゃぶ台ん上にマグカップば乗せっと、名前はふわりと顔ば綻ばせた。彼女は俺がさっき座っとった位置におったとやから、すぐにどこうとしたったい。ばってん、「そんままでよかよ」ち言うて、俺は彼女の隣に腰ば下ろした。一人暮らし用やから、二人隣り合って座るんは少しきつか。その分、ぴったりくっついて、緩やかに体温を分け合ってく。名前は何も言わんかったし、俺もそん顔ば見んかった。ただ、あっちさん行けち言われんかったんだけは確かやったっちゃけん、俺は安心して隣でココアば飲むこつでくるったい。こげんした方が、こたつん中で足ば伸ばせるし、くっついとるけんあったかとやろ。そげんやって心ん中で言い訳して、何食わぬ顔で熱々のココアばすする。甘やかな味が広がって、体中ぽかぽかんさせるそれは、隣におる女の子に似とるとこあるち思うばい。

「そんマグカップな、俺が買ったったい」
「千歳が?」
「うん」

ふらりと立ち寄った雑貨屋さんに飾ってあったマグカップ。一目見て、名前に似合うやろうて思た。名前んお土産ば探しとったけん、丁度よかやったっちゃね。

「ここにあるマグカップ、俺がぶつけたりすっけん大体欠けとるとやろ。それ白石に言うたら、危ないでちこっぴどく怒られたとって」

俺はそいでもよかったばってん、そんマグカップでうまかごたーにココアやホットミルク飲む名前ば見て、ようやくいかんち気付いた。「千歳」言うて、優しく俺ん名前ば紡ぐ柔らかか唇に、傷でも付いてしもたらと思えばそげんこつ嫌で嫌でしょんなかやった。

「やけん、毎週俺ん部屋に来て、掃除してくれる子が怪我せんごつ、買ってきたとよ」

ふと、名前がどぎゃん顔ばしちょるか気になって、隣に目を落とした。名前はおっきか瞳ばさらにおっきくして、俺ば見上げちょった。頬が赤かつなっとんは、あったかいココアのせいなんやろか。ううん、違う。やって今ん名前、たいがむぞらしか。ココア飲んで、「おいしいね」ち言うて微笑む顔と、むぞらしか種類が違っとう。
そん顔ば見ちょったら、俺も熱か。心臓がとくんとくんち早鐘ば打つ。もっともっと、見たか。名前のむぞか顔ば、もっと見たか。そげん思ったら、何言えばよかなんか。

手ん中に包まれたトトロばゆっくり撫でる。ほう、て吐息は暖かく吐き出される。少しだけ、足ば動かして名前に擦り寄った。俺んすねに当たったんは足先やった。ばってん、こたつか、ココアか、どっちの仕業か知らんがすっかり名前ん足は暖まっとるけん、スリッパ買いに行くんはまた春でもええかち思った。こぎゃんしてまだ二人であったまるんも、悪かこつやなかやけんね。
春になってから、それを伝えたら名前はどげん顔するやろか。むぞか顔してくれるやろうか。そいやったら、やっぱり俺は幸せたい。
内も外もあったかいもんに包まれながら、名前ん隣で、俺は密かに春を待つ。
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