強い子でないことも分かっていた。弱い子でないことも分かっていた。
ただ、彼が背負ってしまったものが重すぎたのだ。それがずしりと彼にのし掛かってしまっているのもまた理解していた。オレは彼の師だから。彼が無理をして笑っていることも、全部全部分かっている。
ああ、分かっているさ。彼が優しすぎることも、後悔や悲しみが未だ渦巻いていることも。まだ若い彼にとって、あまりにも重い十字架だ。友の死と、父の死と。悲劇から時間も十分に経ってはいない。いや、時間が経っても処理できるかどうか分からないものを、彼は抱え込んでしまっているのだ。

しかしそれをまるでものともしていないかのように、カカシは何があろうと動じない。幼い姿には似合わないぐらいに冷静で、淡々と任務をこなしていく。天才忍者と言われるだけはあるもので、自身の心を何時如何なる時も表に出しはしなかった。それを是として彼に任務を遂行させるのは他ならぬオレなのだから、彼のそういうところをどうにかしたいなんて思うことは滑稽極まりないものなのだろう。
でも心配なんだ。雨に打たれながら慰霊碑の前に立っているカカシが目の前にいたら、そう考えるのも当然だ。

父親譲りの白銀の髪は水が滴り、その重みでいつもはぴんぴん跳ねた髪もぺたりと垂れてしまっている。上忍服ではない、彼のもう一つの装束――その肩口から覗く左腕には朱い刺青が見えていて、どうにもならない想いが胸にこみ上げる。
カカシはオレが火影になるほんの少し前に、暗部に入った。

「四代目」

雨に掻き消えるかと思えるほど小さな声。呟きながらも、オレに気付いていながらも、彼はその顔を見せようとはしない。
息をするのもはばかられるほど、暗く、悲しく、どこか寂しげな雰囲気。気温も低くて雨も冷たかろうに、彼はこの場から動こうとしない。空は真っ白で、木々も立ちこめる霧のせいかぼんやりとしか視認できない。視界には、カカシと、死者を讃える慰霊碑と、それだけで、くっきりとオレの目に映る背中は何かに怯えて焦っていたあの頃を彷彿とさせた。

「なんか、久し振りな気がしますね」
「ん……そうだね」

喉から絞り出されたように、何故だかオレの声は掠れて聞こえた。
数日前から彼は暗部の任務で里を留守にしていた。暗部のものなのだから内容も通常の任務より危険なものばかり。後ろ姿を見た時は大した傷もなさそうでほっとしたものだ。
でもこのままでは風邪を引いてしまうから。その存在が小さくて儚くて、消えてしまうような気がしたから。早く早く、腕を引っ張って無理矢理にでも帰らせないといけない、そんな正体不明の焦燥感がオレを襲った。

「カカシ、」
「俺ね、先生」

帰ろう、と伸ばしかけた手は、彼に阻まれたことにより引っ込めざるをえなくなる。中途半端に伸びた指先を、雨は変わらず打ちつけていた。

「雨は嫌いなんです。暗いし、冷たいし、嫌なことばかり思い出させる」

カカシがこちらを振り向いたと同時に、ふと、今は亡き「彼」が頭に浮かんだ。

「だからもう、動けなくなる。枷でも付いてるのかってぐらい、足が張り付いて、重くて、」

そして左目を慈しむようにそろりと撫でた。何度も、何度も、まるで「彼」の形見の存在を確かめるかのように、左目に走る大きな傷をなぞっていた。

「左目がね、疼くんです。忘れるな、許さない、俺にはそう言ってるように思えました。オビトの奴、怒ってるのかもしれない」

彼は、びしょ濡れになりながらも多分、笑っていた。目しか見えなかったけれども、カカシは笑っていたんだと思う。切なくなるほど穏やかに、何かを悟ったように透き通った目をしながら。

「カカシくん……」
「俺はリンを守れなかった。怒られても当然だ」
「……違う。それは違うよカカシ。リンのことは仕方なかったんだ。君は何も悪くない」

仕方ない、そう、仕方なかった。その部分だけ、もたついて舌が上手く回らなかった。大人の言い訳、魔法の呪文。喉がかさついて、張り付いたような感覚がして気分が悪くなる。
オレの教え子もいつの間にか、カカシだけになってしまっていた。

オビトはリンが好きで、リンはカカシが好きだった。小さな子供の小さな恋愛模様を、オレはこっそりと見守っていた。青春だなぁ、と爺臭いことを考えながら。
しかし、カカシが周りの者の親愛の情に気付いていながらも、目を向けようとしなかったのは明白だった。あの時のカカシにそんな余裕はなかったのだ。それはやはり、どうしようもないことだったのだけれど。

だからこそ、彼は確かに約束したのだろう、誓ったのだろう。オビトの代わりに、リンを守り続けると。カカシにとってはきっと命よりも大事な誓いだったはずなのに。それも叶わずリンは死んでしまった。カカシとは別の任務でだ。今は戦争中で、よくあることだし仕方ないこと。そう処理しなければ、彼みたいな若い子は耐えきれなくなり押し潰される。
オレだって何度も悔いたのだ。どうして他の任務を当たらせなかったのか、どうしてあの任務にしたのか。もしあの時違う任務にしていたら、きっと今でもリンは――。

ああ、彼には何の落ち度もない。けれども約束を守れなかった、誓いを果たせなかったと悔い続けるのだろう。それはきっと、この先ずっとだ。

「分かってます。けど、けど、そう思わずにはいられないんです。俺はそれだけのことをしたんだから」

大事な人はみんないなくなる。それが俺への罰なんです。

下に俯いて、ぎゅっと拳を握る姿は、下忍の頃から何も変わらない。上忍になろうが暗部に入ろうが、可愛かったカカシのまんまだ。
雨が額から目へと垂れ、まるで涙を流しているように見えた。いや、もしかすると、カカシは本当に泣いていたのかもしれない。父を想って、友を想って、彼は罪に苛まされる。
この子がこれ以上苦しむ必要なんかないし、彼らもそれを望んでやいない。賢い彼は分かっているのだろうけど、自身を許せないんだろう。
どうしたら解放されるのか、乗り越えられるのか。そう考えるが、結局は本人の心持ちに集約されるのだ。オレに出来ることなんて、ほんの少しだけ。師として、人生の先輩として、やってあげられることはこれだけだ。

「じゃあ、カカシはオレが死んじゃうとでも思ってるのかな」
「それは……っ!」
「否定しないということは、カカシはオレのこと大事に思ってくれてたんだね。嬉しいなぁ」
「先生!茶化さないでください!」
「ん、ごめんね」

声を張り上げて怒鳴りつけられて、オレの目と、彼のオッドアイがかち合う。弱々しい光が頼りなくオレを映していた。久しぶりに一番自分を出しているのが、いろんなものが混ざり合った負の感情によるものだとは、なんて皮肉だろうか。成長したと言っても所詮は十代、まだまだ幼い彼には心の底からの笑顔でいて欲しいのに、今の世はそれを許してくれない。彼とて戦争の被害者だ。

「大丈夫、オレは死なないよ。なんたって木の葉隠れの里・四代目火影なんだからね!」

笑いながら、くしゃくしゃとぐっしょりと濡れに濡れた彼の髪を撫で回した。彼の中に渦巻く不安を少しでも吹き飛ぶことを願いながら。ほら、オレに出来ることなんてこの程度だ。
頼りない師匠でごめんね、カカシ。

「ミナト先生」
「ん?」
「ありがとうございます」
「うん。どういたしまして」

恥ずかしそうにオレの手を甘んじて受け止める姿に、自然に目が細められる。ゆっくりと手を離して、感慨深くさっきまでカカシの頭の上にあった掌を見つめた。大丈夫、だよね。確認するように心の中で呟いて、握り拳を作り、そっと下ろした。

「先生」

呼ばれて下を向くと、カカシが力強い眼差しでこちらをじっと見上げていた。

「どうしたの?カカシ」
「先生も、里のみんなも、俺が守ります。それがきっとオビトへの償いになるから。だから俺は暗部に入ったんです。暗部は重要な任務ばかりだから、里の防衛なんかにも関わったりするでしょ」
「そう……」
「心配しないでください、先生。俺、けっこう強いしね」

飄々としたいつものカカシに戻って、不敵に笑う。ん!と頷いて俺も笑い返した。
強い、強い子だ。
如何なる悲劇に見舞われようとも、決して自分の存在を否定しようとはしない。歪な形ながらもなんとか乗り越えようとする。身近な者の死は彼を縛りながらも、変化は与えていた。大丈夫、彼はまだ若い、時間だってまだまだある。いつかその足枷すらも引きちぎってくれると、オレは信じてる。

償いではなく、真の意味で里を守ろうとする時、火の意志は受け継がれる。
その時、きっと君は誰よりも強い忍になれる。

「よし!じゃあ久しぶりにラーメンでも食べに行こう!」
「はい?!ラーメンて、俺帰ってきたばかりで報告書もまだっ」
「そんなの無視無視!行くよカカシ!」
「先生―――!」






だからさ、楽しみにしてるよ、カカシ。君がオレを越える時を。その時まで絶対オレは死なないから。
約束する、君を一人にはさせない。
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