穴からひょこりと顔を出す獲物の目の前に立ち塞がり、無表情にただただ見下ろしていた。一番かかって欲しくはない罠だったけれども、なかなかに満足はしている。眼下に広がる間抜けな光景、それを作り出したのは自分なのだから。

綾部の落とし穴に落ちた人物は、目を白黒させて彼を見上げていた。呆けた表情で綾部を見つめていた。そうなるのも当然なのだ。
通常、競合地域たる学園内では罠を仕掛ける場合、仲間にも確認できるような目印がなくてはならない。しかし、彼女が落ちた穴にはそれがなかった。何故意図的に目印を外したのか。穴に落ちた張本人たる名字名前が言いたかったのはつまりそういうことだ。

しかし、綾部喜八郎はあらゆる意味においての自己中心的な性格である。周りの者の心象、空気など気にも留めない。
今回も彼のその調子は違わず、名前の顔にありありと書いている疑問をさくっと無視をした。

「学園内で貴女が歩く道528通りを調べ、計算して特に通る可能性が高い4ヶ所を弾き出しました。そしてその4ヶ所にだけ目印を付けていない蛸壺を掘ったんです。ちなみに先輩が落ちたのはタコ助くん」
「たこすけ……」

その場にしゃがみこむと、ぽかんと口を開けたまま自分を凝視する彼女に無機質なまでの笑みを向ける。まるで南蛮の人形のような冷たく、それでいて美しい笑顔。一瞬だけ彼女が顔を引き攣らせたような気がしたが、綾部にとってはどうでもいいことだった。
それよりかは綺麗な髪に付いていた土の方が気になる。指先でそれを払うと、ん、と言いながら目を瞑る可愛らしい反応が返ってきた。
こういう光景を見ると、斉藤タカ丸が羨ましく思えてくる。それにあの人も。彼女の髪に、彼女に何の躊躇いもなく触れる。それは綾部にはない権利だった。

「先輩にはこの蛸壺にだけは落ちてほしくなかった。何故だか分かりますか」
「へ?いやっ、えと……分かりません?」

穴に落とされた上に、こんな災難に遭わされた理由を述べよと言われても、彼女は答えなど持ち合わせていない。
名前は混乱した。
綾部とは二、三話をしたことがあるぐらいの関係で、流石に恨みを買った覚えはない。それなのに穴に落とされ、未だ脱出もままならない状況だ。綾部喜八郎の真意を理解することなど到底出来ず、名前は疑問符をまき散らすしかできなかった。

「先輩があの人のところへ行く道だからです」
「は?」

しかしそんな名前の様子に見かねてか、最初から答えて貰う気もなかったのか。綾部は投げ掛けた問いに自分で答え始めた。

「見てたから、分かります。貴女はいつもここを通ってた。だから掘ったんです。前はいらないものも落ちましたが」

本人は意識もしていないだろうが、名前は忍たま長屋へ行くためにこの道をよく使っていた。息を弾ませて、嬉しそうに、いつもいつもいつも。その姿を穴を掘った帰りや穴を掘る最中、綾部は何度も見た。さらさらと流れる髪は綾部の目の前を通り過ぎた。
だから捕まえたかった。自分の蛸壺に、名前という人間を。

そうしたら私のせいだと先輩は思うでしょう?私のことを考えてくれるでしょう?
私ばかり先輩のことを考えるのはずるい。貴女はいつもあの人ばかり。

「あの人のことを考える先輩は嫌い」

「貴女をこのまま穴に埋めてしまいたいぐらい、嫌い」

爪の間に入り込むのも構わずに、土を手で思いっきり掴む。その動作に驚き、咄嗟に綾部の手を名前は見た。地面から削られる土と、茶色く汚れた指。綾部ならやりかねないことだとうっすらと冷や汗をかいた。

「でも、今は好き」

握り締めた手を高く上げ、ぱらぱらと下へと土を落としていく。名前はその光景をただ凝視するのみだった。手の中から減っていく土、それが全て落ちきると、また綾部は名前に向かって笑いかけた。

「だから埋めません」

満足だとも言いたげな口元は、不気味なほど弧を描いていた。






「だって先輩、私のことしか考えていないでしょう?」
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