今では人を殺すことが一番の生き甲斐で、唯一の楽しみだった。
初めはただ何となくしていただけなのに、知らず知らずのうちに没頭している自分に気付いたのは遠い昔の話。いつしかそれに楽しさを覚え、止まらなくなってしまっていた。
まるで自分とは格が違うのだと分からせるように、人間一人一人を丁寧に殺した。武器を持つ手を、逃げようとする脚を、そして派手に血を吹き出す急所をわざわざ切り裂いて、真っ赤な血を浴びながら喘ぎ苦しむ人間を嘲笑う。
虫けらのようなそれらをゆっくりと追い詰めるのが好きだった。生きようとする意志が徐々に萎え、じっくりとこの世の終わりの如き絶望を感じる、その変化を眺める時間が何より至福。ぷつり、蟻を潰すように簡単に生命を絶つ度、人間の恐怖に染まった顔を見る度にぞくぞくと痺れが駆け巡り、言い知れぬ快感を得ることが出来る。

殺す対象が強ければ強いほどいい。
どこぞやの武将のように、自身の力に自信を持っていて、自分は死なないのだと思い込んでいるような。そんな連中なら刈り取る時間が長くなり、また絶望を感じた際の苦渋の表情も想像できないほど彼を楽しませてくれる。
戦うなら弱い者より強い者を。
それを求めているからこそ、あの男の配下となったのだ。

だから、そう。今目の前で自軍の兵を殺す女の姿に、光秀は歓喜した。
伊達軍の残党狩り――それが主君より課せられた任務だったのだが、あらかた逃げられたか刈り尽くしたかで辺りには人っ子一人おらず、光秀は退屈していたのだ。
戦場から伊達軍を追うことができるたった一つの道、そこにただ一人佇む女は恐らく、伊達政宗を守らんとする殿だろう。
その周りには明智、伊達両軍の兵士の死体が転がっていた。敗走する伊達軍を追うために先に向かわせた自分の兵と大体数も合うので、誰一人としてこの先へは行けていないようだ。
つまり彼女は何十人もの敵に対して数人の味方と立ち向かい、唯一生き残ったことになる。



彼女は光秀が求めて止まないものだった。



死体ばかりの中、彼女は光秀に気付いていながらも臨戦態勢を見せなかった。
ただ肩でしていた息を浅いものへと切り替え、戦闘が出来る状態へと整えている。雑魚にも等しい一般兵へと向けられていた粗雑な殺気が、迫り来る凶悪な敵に対して純粋なそれへと昇華していく。一瞬一瞬に鋭いものへと変わる女の殺気に、光秀は身震いした。
その体は見るのも憚られるほど血に染まっていた。刀も、それを握る手も何もかも。
よくよく観察してみるも、小さな傷は多々あるが、致命傷は全くない。よって、彼女が浴びている血の殆どは返り血ということになる。
光秀は笑った。
ただ笑うことしかできなかった。
伊達政宗を逃してしまったが、それもどうでもよくなるぐらいに面白い獲物を見つけたのだ。必然的に、偶然にも舞い降りたこの好機を逃すはずもなく。
明智光秀は殿をつとめる伊達軍の女――名字名前に斬り掛かった。







光秀の大鎌は無防備な名前を真っ二つに斬り伏せるはずだった。しかし、彼がこちらへと一歩足を踏み出した瞬間に名前は臨戦態勢へと入り、光秀の姿をしっかりと刻み込んだ。快楽に歪んだ顔の皺一本一本も、銀糸の毛の先まで何もかも。全てを捉え、反応した。
地面に突き刺していた二本の刀を引き抜き、十字に重ねて大鎌を受け止める。カチャカチャと震える刃同士が音を奏でてはいるが、光秀のそれは名前の体にあと一寸のところで止まっていた。

「いいですねぇ、予想通りだ!」

そして片手に備えてあるもう一つの大鎌で名前の首を刈ろうと横凪ぎの一閃を喰らわせる。僅かに押す力が弱まったのに即座に気付いた彼女は鎌を瞬時に弾き、流れ来るもう片方の斬撃をも刀で受けきった。
滑らかに行われたそれら一連の動作に光秀は更に満足した。
鎌を名前から放し、上から下までねっとり舐め回すように見つめる。望み通りの獲物が、今この場にいるのだ。

「我が軍は半刻も前にここを去りました。今更馬でも追いつけますまい」

彼ら以外はただの死骸と成り果てた地で、凛とした彼女の声はよく通った。

「そうですか。しかしそんなこと私には関係なくなったのでね」

今の光秀にとって心底興味の無いことだ。
不気味さしか印象を与えないような笑い方をしながら、首を傾け、さらさらと垂れてきた髪の間から彼女を見る。その視線の熱も、大鎌を握る手の力も未だ弱まることを知らず、彼自身の殺気は全く変化しない。
名前は驚愕した。最低な敵に遭遇してしまったことに今やっと気付いたのだ。

「……貴方は何故戦うのですか」

それはまるで光秀の本質を問うているような。
彼女の疑問を一心に受け止めた上で、光秀はなおのこと笑みを消さない。

「勿論、殺すためですよ」

それを聞いて、名前の目つきがますますきつくなる。

「まるで獣のような方だ」
「?」
「自身の欲に従って他人を屠るその姿は、畜生に限りなく近いと言っているのです」

罵声でも何でもなく、名前はただ淡々と事実を述べた。そう感じた、そしてそれをまた危険だとも思った、それだけだ。
まるで能面を被ったような冷たい表情であったが、その目には光秀に対する殺意が宿っていた。
この男は危険すぎる、と。細胞一つ一つ、全てがそう警戒していた。

「ふふ、面白いことを仰る方だ。では貴方はとても人間らしい。そうでしょう?」

まるで歌うように話す光秀に、名前は答えることもなく、ただ緊張した面持ちで立っていた。
両人とも、手にある獲物を握る力は一瞬たりとも弱まらない。会話をしながらもお互いに隙を狙っているのだ。


「貴方は自分のためではなく伊達政宗のために戦う、人を殺す。そして今も彼を守るために私の前から立ち去らない。何故なら私はいつか彼を殺しに来るからだ」

光秀の言うことは何も間違っていなかった。
殿の役目など明智軍の追っ手を全滅させたところで終わっていたのだ。それでも尚この場から去らないのは、やはり光秀の存在が気掛かりであったため。

「………」

今と同じように、光秀はいつか彼の前に立ちはだかるだろう。強者と殺し合いたい、ただそれだけの理由で。
彼の力は信じている。誰にも負けず、日の本を覆う大いなる竜になると。
しかし、目の前にいる男はその竜に勝たずとも手酷い傷を与えはするだろう。竜自身にも、右目にもだ。
それは何としても避けなければならなかった。

「貴方はここで私が討ちます」

殺意の篭もった視線がより一層強いものとなる。
それを受け止めた光秀は目をかっと見開いた後、愉悦に顔を歪ませた。

「ああ、いい。やはりその熱い視線は私にとってとてもいい。ぞくぞくしますよ。貴女を嬲り殺すその瞬間が楽しみで仕方がない」

ただ睨み続ける名前をうっとりとした視線で犯した。悪寒がトキを激しく襲い、刀を握る手がじっとりと汗ばむ。
にたにたとした邪悪な笑みはますます深くなるばかりだ。

「知っていますか?獣の本能は他者を屠ることにある。しかし、強すぎる人間の理性は自身を殺す。他者を想うばかりに逃げなかった貴女の運命は既に決まってしまった」

鎌を構えたと思った刹那、光秀は名前の背後に立っていた。
あまりの速さに反応できず、まさに振り下ろされんとする鎌がゆっくりと名前には見えた。





「だから、貴女は私に殺されるのです」





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