沖田に呼ばれて部屋から出てみれば、浮かない顔の沖田とその腕に抱かれた何か。
 それを見て、原田は目を疑った。
 牢に繋がれているはずの朔夜が、今目の前にいるのだから。

「早く受け取ってくださいよ左之さん。手が怠いんだけど」
「あ、ああ……」

 原田の私室にまで朔夜をわざわざ運んだ沖田は、苦虫を噛み潰したような顔を隠そうともしなかった。気怠げに言い放った彼の機嫌は、最初から最悪だった。ギラギラした光を瞳に宿し、傍にいたら体中に突き刺さる、細かな針のような雰囲気を漂わせる。空気を荒らし、他の者へと伝播する。
 悪く言えば、毒だった。
 そうした状態になった沖田を見ることが、最近少しだけ、増えた気がする。

「ありがとな、総司」

 早く受け取らないと、沖田はさっさと朔夜を投げ捨てるだろう。ごみみたいに、邪魔だから殺していい?と言って笑うのだろう。
 けれど、沖田の厚意に原田は感謝した。あの気分屋でひねくれた彼がわざわざ運んでくれた。これは一つの奇跡だ。

「明日は雨が降るな」

 正直、今の状況は分かっていない。朔夜を牢から出すのを、土方は許可を出したのだろうか。それでも、沖田が自分の意志を尊重してくれたのは確かだ。
 溢れ出す疑問をぐっと飲み込む。
 原田は朔夜を受け取った。

「全く、なんでこの僕がこんな女運ばなきゃならないんだろ。迷惑もいいところですよ。これから土方さんにも会いに行かなきゃいけないし。本当に、めんどくさい」

 ぶつくさ独り言のように呟いて、沖田は踵を返すと、覚束無い足取りでふらふら歩いていった。
 何となく引き留めようとしたが、しかし原田が声を掛けることはなかった。一瞬だが、その表情には今までにないぐらい疲れが滲んで見えたからだ。定まらない足音。沖田総司ともあろう者が、なんて頼りない後ろ姿か。
 たまらず原田は目を見張る。
 朔夜と、何かあったのだろうか。
 目下、朔夜は目をぴったりと瞑ったまま動かない。すうすうと息をしているところを見ると、寝てるか気を失っているかしているらしい。
 それに原田が一番気になったことは、目の端が赤く、涙の跡が見えたことだ。聞いた限り、覚えている限り、朔夜が泣いたなんてことは原田の記憶になかった。
 沖田と朔夜は何を話したのだろう。
 心の中でそっと浮かび上がった疑問は、誰も答えることなく霧散する。訊いたとしても、多分教えてくれない。原田もきっと、訊きはしない。今までずっと、それでいいとも思っていた。
 お前はお前の生きたいように生きればいいけど、それはやっぱり寂しいもんだな。
 何ともなしに、朔夜をぎゅっと抱き寄せる。
 どこからか、苦しげな空咳が聞こえた。沖田の夏風邪はまだ治らない。