前日

1995年9月30日 夕刻
神室町


「ちょっと遅くなっちゃった」


雨で濡れた道をダッシュ。

ランドセルは重たいし、長靴は走りにくい。

学校が終わってからクラスの友達とお話し過ぎた。

通学路とは違う道を全速力。

同じような小学生は、あまりみない街。

お家とは違う方向、神室町を走るのは塾に行くため。

長靴だから、水溜まりも気にしない。


走って走って、ゴールの近く。

大好きな二人を見つけた。


「ん?一花じゃねぇか。学校は終わったのか?」


東城会直系堂島組 舎弟頭補佐
桐生一馬


そして、


「おお。一花、おかえり。どうしたんだよ、そんなに急いで」


東城会直系堂島組 若衆
錦山彰


ちょっと怖いお顔だけど、優しい一馬兄ぃ。
かっこよくて、いつも遊んでくれる彰お兄。

ちょっと怖いお仕事をしている二人。

私にとって、ずっと一緒にいる、大好きなお兄ちゃん達。


「一馬兄ぃ、彰お兄、ただいま!あのね、これから塾なの!」

「はぁー……相変わらず勉強熱心だなぁ、お前」


ちょっと難しい顔をしながら、彰お兄が頭を撫でてくれた。


「お勉強は楽しいよ、お兄!」

「そう言えば柏木さんから聞いたぜ。お前、この間のテスト全部満点だったんだってな」


今度は一馬兄ぃが頭を撫でてくれる。


「うん!お父さんも修ちゃんも沢山褒めてくれたよ!だからもっと頑張るの!」

「偉いな、一花。頑張れよ」

「うん!ありがとう、一馬兄ぃ」

「ああ。じゃ、またな」

「チビ一花、走って転ぶんじゃねぇぞー」

「チビじゃないもん!」


お兄ちゃん二人に見送ってもらってそのまま目の前の建物に入る。

風堂会館

普通の人ならあまり近付かないかも知れない、この建物。

でも私は気にしない。


「ただいまー」

「おう、おかえり。お嬢」


一番に出迎えてくれた人。


「修ちゃん、ただいま!」


東城会直系堂島組内風間組 若頭
柏木修

一馬兄ぃよりも、もっともーっと怖い顔をしているけれど、たまにご飯を食べに連れて行ってくれたりする。


「帰ったか、一花」

「うん。お父さん、ただいま!」


東城会直系堂島組内風間組 組長
風間新太郎

怖いお仕事をしている私のお父さん。
私には誰よりも優しくて、自慢のお父さん。


「おい、一花。すぐに塾に向かわないと間に合わねェぞ」

「そうなの!お友達といっぱいお喋りしちゃった!ランドセルここに置くね!」


修ちゃんに急かされてランドセルを放り投げて、用意してあった塾用のカバンを引っつかむ。


「慌てて転ばないようにな、一花」

「はーいお父さん!行ってきます!」


慌てるなって言われたけれど、ついバタバタと事務所を出る。


「やれやれ、本当に転ばねぇと良いが」

「この前も転んで帰って来ましたからね」


幼い後ろ姿を見守る、呆れたような男2人の声は宙に消えた。



さっき来た道を今度は逆に駆け抜ける。

このまま走れば余裕かな。

道行く人達のお邪魔にならない程度に避けながら、全速力で走った。

目の前のお姉さんを避けた後。

気付けなかった、路地から出てきた人影。

このままだとぶつかっちゃう……!


「うぉっとぉ!」

「うきゃっ!!」


勢いで転びそうになる。

目をぎゅっと瞑ったけど、

……あれ?転んでない。

お腹の辺りを見ると、なんだか派手な柄。

人の腕。

この柄知ってる。


「あん?……なーんや、どこのにゃんこが飛び出して来よったかと思ったら、風間のお嬢やないかィ」


東城会直系嶋野組内真島組 組長
真島吾朗

にひひって、笑った口。
変な髪、海賊みたいな眼帯。

とっても派手な蛇柄の服。


「えと、嶋野のおじ様のとこの…」

「真島や、真島。ゴローちゃんでもエエでぇ、お嬢」

「ま、真島、さん」


お父さんのお仕事の、怖い人達にはよく会う。

お父さんはなるべくそういうものに私を会わせないようにしているけど。

多分、普通の人が怖がるものも、私は慣れている。

それでも、うっすらと赤いモノがついた傘を肩に抱えるその姿は、ちょっと嫌。

でも、私がぶつかって助けてもらったし。


「ぶつかっちゃって、ごめんなさい」

「おう、ええでぇ。しっかし、そないに急いで何処行くんや?」

「あの、塾に……」


わざわざ膝を曲げて顔を近付ける真島さんに、なんだろうなって思いながら答えると「ほぉーん」ってお返事が帰ってきた。


「イマドキの小学生はそないに頑張らなアカンのかいな?……大変やのう」

「わ、私、行きたいから行ってるだけで……」

「ほぉー!そら関心やなぁ!」


ニンマリ笑顔で、頭をわしゃわしゃされる。
黒い手袋は、なんだかもごもごした感触だった。


「それじゃあ、私、塾があるので」

「おう!ほなまたな、お嬢」


真島さんと周りの組員さん達にご挨拶をしてから。

今度は人にぶつからないように、塾へ向かった。




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