記憶の中の雨

アラームをかけることなく寝たけれど、今朝は昨日よりも早く目覚めた。

カーテンの隙間から朝日が眩しく輝いていた。

昨日はちゃんと見る事無く居たけれど、まじまじと部屋の中を見渡す。

家の掃除は毛利や他の組員さん達がやっていてくれたらしい。

私が帰って来ると分かって、カーテンとベッドシーツを新調して、隅々まで綺麗にしてくれたと聞いた。

身の回りのお世話まで……

本当に、ありがたい。



顔を洗って、歯を磨いて。

お茶でも飲もうとリビングに行くと、昨日の書き置きは無くなっていた。

恐らく、父さんはまだ寝ているかな。

まだ微妙にハッキリしない頭でキッチンに入り、ヤカンでお湯を沸かす。

うん、今朝は紅茶にしよう。



リビングのソファに座ってマグカップにたっぷりと入った紅茶を啜る。

テレビをつけると、朝の情報番組がやっていた。

アナウンサーとタレントが朝から元気良くご挨拶。

何か最新の話題を喋っているけれど、私の脳内は既に違う内容で埋め尽くされている。

おはようございます、の後にアナウンサーが発した言葉。


ああ、そっか。今日は十月一日。

……あれから、十年経ったんだ。



目を閉じれば蘇る記憶。

土砂降りの雨、雷。

声の届かなかった、二人。

パトカーと救急車のサイレン。

野次馬、警察。

連れて行かれた、あの人の姿。


未だに、鮮明に脳裏に焼き付いている。

ふとした瞬間、ありありと浮かぶ光景。

思い出す度に胸の奥がギュッとなった。


……また、会えるかな。


閉じた目を開いて、勢い良く立ち上がって、カーテンを開ける。


青空が、広がっている。


もう、十年前じゃない。

時は進んでいる。

兎に角、考えていても仕方ない。

とりあえず、やるべき事をやらないと。


ぼんやりとしている間にすっかり冷めてしまった紅茶を、立ったまま一気に飲み干して。

大きく、深呼吸。


「……はぁー……よし!」


右腕を突き上げ気合いのポーズ。

気持ちを切り替えて、先ずはスーツケースと昨日買った物の荷解きをする事にした。



暫くして荷解きを終えて、洗濯を始めた頃にコツン、と杖の音。

父さんが起きたらしい。


「おはよう」

「おはよう父さん。お茶、飲むでしょ?」

「ああ、頼む」


見た目は世間一般の極道のイメージとは離れているだろう、我が父。


今日は毛利も居ない朝。

親子二人きり。


お茶を持ってリビングに行くと、カレンダーを見つめる姿。

切なそうな、顔。

うん、そうね。


父さんにとっても、今日はそんな日なんだね。

息子の様に思っていた、あの人を思うんだね。




「……一花、今日も何処か出掛けるのか?」

「うん、今日はひまわりに行こうと思ってるよ」

「そうか。なら、これで何か差し入れしてやってくれ」


そう言って父さんの黒くて分厚い長財布から出てきた一万円札。が、三枚。


「……多いよ」

「そうか?お前の昼飯代も合わせていたんだが」

「えーと……私のお土産もあるし、とりあえず一枚もらうね。余ったら返すから」

「余ったらお前の小遣いにすれば良い」

「大丈夫!一応向こうでお小遣い稼ぎはしたから貯金あるよ。近い内に仕事も探すし!」



父さんの無意識の甘やかしに有難いと思いつつ、感覚の違いに苦笑した。



父さんを迎えに来た車を見送って、昼前にに自分も色々と支度をして家を出た。


途中のカフェでランチをして、それから父さんからの差入れを見繕って、両手に大荷物。


漸く辿り着いた場所は、養護施設ひまわり。

今日は土曜日。

子供達の声が、庭先に響いている。


「お邪魔しまーす」


勝手知ったるなんとやら。

挨拶だけは忘れず、遠慮なくお邪魔する。


「こんにちはー」

「……一花!いらっしゃい!」

「園長先生、こんにちは」

「こっちに帰って来てたんだね。……おかえり、一花」

「先生、ただいま!」


部屋に入ると、驚いた園長の顔。

そして、


「一花お姉ちゃん!」

「!」

「おかえり、お姉ちゃん!」


ぎゅうっとお腹に抱き着く、女の子。


「びっくりした!……ただいま、遥」

「お姉ちゃん、いつ帰ってきたの?」

「一昨日帰って来たの。早く来れなくてごめんね」

「ううん!会えたから、いいの」

「そっか。……ねぇ、遥達からのお手紙、全部大事に読んだよ。沢山ありがとう!」

「本当に?お姉ちゃんもお手紙ありがとう!」


留学中、特に遥とは毎月の様に手紙の交換をしていて、ひまわりや学校であった事、最近の趣味など、沢山の字が綴られた何枚もの手紙が封筒に入っていた。

時々、園長先生のメモの様な、短文のシンプルな手紙やひまわりの子供達からの手紙も含まれた毎月の贈り物は、留学した初めの頃、ホームシックになりそうな時に読んでとても元気を貰った事を思い出す。


……あ、そうだ、お土産。


「先生、これ、お土産!こっちには父さんからのも入ってます」


「おやまぁ、こんなに沢山。ありがとう」


お土産を園長先生に渡すと、そろそろみんなでおやつにしよう、と言う事で。


園庭の子供達に声を掛けて、おやつタイム。


おやつ中、次々と飛び出す留学中の質問の数々。

食べ物がどうだ、お菓子がどうだ、風呂は、家は、学校は、部屋は?

帰って来る度に増える質問に一つ一つ答える度に、反応するひまわりの子供達の目はキラキラと輝いていた。


幼い頃に、私は数年間此処で過ごしていた事がある。

そんなひまわりの子供達はみんな可愛いし、小さな頃から知っているから、一緒に居て楽しい。

私にとっての兄弟達で、もう一つの家族だなぁ、と思っていて。


笑顔が絶えない兄弟達を見ていると、いつも思う。



何かあった時。

私に、この子達を守れるだろうか?






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