心配の方向性
帰国した翌日の朝。
只今朝の九時半過ぎ。
ぐっすりと眠って気分爽快。
着替えもせずに顔だけ洗って、部屋着のまま階下のリビングに降りる。
「お嬢、おはようございます」
「え?毛利……?お、おはよう?」
銀縁眼鏡を光らせて、毛利がキッチンから顔を出す。
我等が風間組のインテリヤクザ。
我が家に何故いる。
暫し混乱したけれど、まあ、組員が我が家に出入りするのは昔からある事だった。
「組事務所は子供が出入りする場所じゃない」
誰が言ったか覚えてないけれど、正論である。
我が子なんだから、と自由にさせている組もあるし。
それから、組長の家を事務所兼にしているのならばまた話は別。
一花は風間組の組長の一人娘。
でも、この立場あれどわざわざ事務所に出入りすべきでは無い。
そもそも組長自らが本来好まない事。
けれど、一花が事務所に出入りする事には理由があった。
一花の場合は塾や空手教室を始め、週にいくつもの習い事をしており、それは主に神室町近郊が多かった。
基本的に習い事を始めたいと申し出たのは一花からだが、神室町近郊を指定したのは父の風間新太郎である。
自宅近くでも良かったのかも知れない。
神室町であれ、他所であれ、組員が付くことは絶対なのだから。
しかし、神室町近郊にした理由はある。
一花は九歳までの人生で三回、人攫いにあった事がある。
一度目は生後三週間の時。
二度目は二歳の時。
そして三度目は六歳の時。
何れの時も犯人は風間や東城会に恨みを持つ者達であったが、完膚なきまでに叩きのめされ、その後の行方は知れず。
まあ、そんな訳で、我が子を守る為に少しでも近い場所ならば組員も出しやすく、自分も向かえる、と考えた結果がこれだった。
先程言った通り、幼い頃より組員が必ずと言っていいほど一花の見張りにつく。
一花は気付いていなかったが、登下校の通学路、神室町までの道程、組事務所から習い事先との往復路。
時には送り迎えもつけて、娘を守っていた。
なので、学校と家以外は大抵、神室町で過ごしていた。
そんな訳で、一花は幼い頃から組事務所に出入りする事が多かった。
その中でもお世話係の毛利は風間家に良く出入りする組員の筆頭だった訳で。
「俺はお嬢のお世話係ですからね」
ポカンとしていた私の心を見透かすように、説明をされる。
「え、その話まだ有効なの?」
「親父から聞いてないんですか?」
「聞いてないですけど……?」
お世話係は義務教育終了までだと思っていたんだけど。
留学が決まって見張りも居なくなった筈だし。
留学中も自分の事は大体自分でやっていたし。
うーん、と考えていると、毛利はキッチンに引っ込んでいった。
まあ、いいか。
そう思いながら、お茶でも飲もうと、もそもそと毛利の後を追ってキッチンに入る。
「どうしました?」
「うん、お茶でも飲もうかと思って」
「ちょうど良かった。お湯沸きましたよ」
少し使い古されたやかんからシューシューと湯気が立っている。
毛利が火を消してる間に湯呑みを三つ取り出して、お茶の準備。
「毛利も緑茶でいい?」
「お嬢、俺が!俺がやりますから」
「これくらい出来るよー」
「いや、しかし……」
「いいから、ね。緑茶でいい?」
「え、ええ……」
戸惑っている毛利を他所に茶葉を用意して、お茶を淹れる。
後ろで所在なさげにしている毛利はちょっと面白い。
コツン、コツン、と杖をつく音がする。
どうやら父さんも起きてきた。
淹れたお茶をトレーに乗せてリビングへ戻ると、丁度父さんが入ってきた。
「親父、おはようございます」
「ああ、おはよう」
「父さんおはよう!お茶淹れたよー」
椅子に座った父さんの前にお茶を出すと、お茶をまじまじと見つめている。
「一花、が、淹れたのか?」
「うん?そうだよ」
「……火傷なんかしてねぇだろうな?」
「してないよ!」
父さんや毛利の私に対する認識はどうなっているんだ。
でも、大切にされている。
有難いな、と思いつつ。
お茶を飲みながら、今日の予定を考えた。
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