続・翌日
「ありがとな、一花」
彰お兄は私をもう一度、ぎゅーってして。
「お前のお陰で頑張れそうだぜ」
「ほんと?」
「ああ、本当だ」
向かい合った彰お兄は、さっきよりは元気そうだった。
「良かった!……あ、そうだ。お兄、これあげる!」
「ん?」
ポケットから取り出した、飴二つ。
大好きなミルクの飴は、いつもポケットに入ってる。
特別だから、二つともあげる。
「お前に、もし……」
「ん?なぁに?」
「……いや、なんでもねぇよ。飴、ありがとな」
塾頑張れよ。またな。
そう言って、お兄は下に降りていった。
少しだけぼーっとして。
彰お兄のいい匂いが無くなる頃。
私も下に降りた。
修ちゃんと毛利はまだお話をしていて、声をかけて、塾用のバッグを持って外に出た。
塾までまだ時間あるなあ。
早く行って、自習してようかな。
歩いていると急に周りに人が居なくなった。
あれ?なんで?
「一花」
名前を呼ばれて前を見ると、なんで人が居なくなったか分かった。
目の前の三人のせいだ。
東城会三代目会長
世良勝
お父さんの居る東城会で一番偉い人。
そして、
「あ?なんや、風間の娘か」
東城会直系嶋野組 組長
嶋野太
「世良の叔父様、嶋野のおじ様、こんにちは」
「ああ、一花もう学校は終わったのか?」
「はい、叔父様。これから塾です」
「そうか」
ぺこり。ご挨拶。
前にお父さんに教えて貰った通りに。
「ほお、ちゃんと挨拶出来て偉いやないか」
「ありがとうございます、嶋野のおじ様」
大きな大きな体の嶋野のおじ様は、昔堂島組でお父さんと一緒に居たんだって。
お父さんとはあんまり仲良しじゃないみたいだけど、私のことはそんなに嫌いじゃないみたい。多分。
そして、嶋野のおじ様の後ろにいる人にもご挨拶。
「真島さんも、こんにちは」
「おー。お嬢、こんちわ」
真島さんは嶋野のおじ様の所の人。
世良の叔父様が来てるし、だから今日は一緒にいるのかな。
……こんなに怖そうな人が居たら、普通はあんまり近づきたくないよね。
きっとここにいるのは、昨日の事。
ここの近く、堂島の事務所だもんね。
私を見て、三人とも何か言いたそうな顔をしてたけど。
……あんまりお話したくないかも。
逃げちゃおっかな。
「世良の叔父様、嶋野のおじ様、真島さん。私そろそろ行きます」
「……ああ、そうだな。気をつけてな」
世良の叔父様はぽんぽんと私の肩を叩いた。
ニッコリ。
他所向けの笑顔で笑って。
三人に頭を下げて、私は塾に向かった。
三時間後。
塾が終わって事務所に帰ると、殆ど誰もいなかった。
いつも出迎えてくれる修ちゃんも居ない。
毛利が忙しく電話していた。
毛利に手だけ振って、奥の部屋に入るとお父さんは窓際にいた。
「お父さん、ただいま」
「お帰り、一花」
バッグをソファに置いてお父さんの近くに行くと、お父さんはいつもみたいに頭を撫でてくれた。
「今日もちゃんと出来たか?」
「うん、大丈夫だと思う。……あのね、今日世良の叔父様と嶋野のおじ様に会ったよ」
塾に行く前のことを話すと、お父さんは、ああ、と知っていたみたいだった。
「父さんも一緒に居たんだが、別れた後だったみてぇだな」
「そっか、ちょっと残念」
「俺もだ。さあ、そろそろ家に帰ろう」
「今日は一緒に帰れるの?」
「ああ、夕飯を食べて行くか」
「やった!あのね、お肉食べたい!」
久しぶりのお父さんとの時間。
普段我慢している分、こういう時は沢山甘えることにしてる。
「焼肉か?よし、行こう」
お父さんの手を取って、ゆっくり歩き出す。
焼肉屋さんでご飯を食べて。
お家に帰って。
一緒にお風呂に入って。
時間を過ごして。
私が寝た後に、お父さんはまた行ってしまった事に気が付いたのは、次の日の朝の事だった。
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