翌日
探しに来てくれた修ちゃんと事務所に帰ったら。
「一花……!」
足が悪いのに走りそうな勢いでお父さんがお迎えしてくれて。
苦しそうな、泣きそうな顔で修ちゃんよりも強い力でぎゅーってハグしてくれた。
ずーっと頭を撫でて、大丈夫か?怖くなかったか?って心配してくれた。
きっと、多分、絶対に。
お父さんだって辛いと思う。
だって、お父さんは私にいつも一馬兄ぃや彰お兄の話を沢山してくれる。
小さい頃の事も最近の事も。
お兄ちゃん達も由美お姉ちゃんも、昔はひまわりに居て、お父さんにとっては三人とも子供みたいな感じなんだって。
私が生まれた時からずーっと居るし、みんな私を妹だって言ってくれる。
勿論私も、本当のお兄ちゃん、お姉ちゃんだって思ってる。
そんな、大好きな家族。
桐生一馬は堂島宗平を殺して捕まった。
警察の人が来て、お父さん達と話しているのが聞こえた。
殺した?一馬兄ぃが、堂島のおじちゃまを?
堂島のおじちゃま、死んじゃった、てこと?
……あの時、彰お兄と由美お姉ちゃんが居たのは?
結局会ってないけど、二人とも大丈夫だったかな。
……一馬兄ぃはどうなるの?
誰かに聞きたかったけど、聞けなかった。
結局、お父さん達は警察の人とお話しなくちゃいけないからって、私は組員さんに送ってもらって先にお家に帰った。
そして、今日。
月曜日。
学校はいつも通りに始まった。
でも。
算数も、国語も、体育もなんだかぼーっとしちゃう。
給食は大好きな揚げパンだったのに、なんだかあんまり美味しくなかった。
シンプルな砂糖がけが一番美味いだろ。
あーあ、お前ぇは分かっちゃ居ねぇな、桐生。揚げパンはきなこが一番だろ。
なんでだよ……。
私はココアも好きだなぁ!
おい、由美…お前も邪道だな!
もう、錦山君てば酷い!ねぇ、一花ちゃんは、何味が好き?
えっと、私はね、
前に、給食が揚げパンだったよって言ったら揚げパンは何味が美味しいかってお話になったっけ。
ぼんやりと思い出して。
そんな日はもうないかもしれない。
すごく寂しくなった。
結局、今日はなんだか楽しくなかった。
そう思いながら、帰ろうとしたら。
いつもは居ないのに、校門の近くに車と人。
「一花さん、お待ちしておりました」
東城会直系堂島組内風間組 若衆
毛利泰智
「毛利……ただいま」
「はい、お帰りなさい」
そう言って車のドアを開けてくれる。
友達にバイバイして、後ろの席に乗った。
毛利は風間組の人で、小さい頃から私のお世話係で、忙しいお父さんに代わって私をみてくれている。
「車、出しますね」
車がゆっくり発進した。
またぼーっとしちゃってて、もう一度友達にバイバイしたかったけど、間に合わなかった。
「事務所に向かいましょう。今日も塾ですよね」
「うん。……ねぇ、学校に来てくれなくてもいつもみたいに自分で行けるよ」
「……そうですね、お嬢が一人でも頑張れる事は知ってますよ。ですが、親父の気持ちも分かって下さい」
「……」
何かあると今日みたいに必ず誰かがお迎えに来てくれる。
……前に、一馬兄ぃも、彰お兄も来てくれたな。
一馬兄ぃの事、毛利は何も言わない。
でも、前から一馬兄ぃと良くお話してたのを知ってる。
一馬兄ぃが居なくなって、毛利も良い気持ちじゃないと思う。
いつもはお迎えに来てくれた人とは沢山お話するのに、なんだかお話する気になれなくて。
お喋りしないまま、神室町に着いた。
「あら、一花ちゃん?」
「あ!」
駐車場から出た時に声をかけてきたのはセレナの麗奈さんだった。
「こんにちは、一花ちゃん。今日も習い事?」
「麗奈さん、こんにちは。うん、塾だよ」
麗奈さんは学校帰りに神室町を歩いていると、よく声をかけてくれる。
たまに、由美お姉ちゃんと一緒にお買い物に連れて行ってくれたり、ケーキを食べに連れて行ってくれる。
昨日着てたレインコートも、傘も、長靴も、由美お姉ちゃんと麗奈さんがお誕生日プレゼントとして買ってくれたもの。
優しいお姉さん。
──多分、昨日のこと知ってると思う。
いつもみたいに笑顔で話しかけてくれたけど、すごく寂しそうな顔をしてる。
「習い事、毎日沢山偉いわね!……そうだ、今度また美味しいケーキ食べにいきましょ!ね?」
「うん!行きたいな!」
「約束ね!塾、頑張ってね」
約束して、指切りをして、バイバイした。
麗奈さんの背中は、いつもより小さく見えた。
「ただいま戻りました」
「ただいまー」
「一花、おかえり。ご苦労だったな、泰智」
事務所に帰ると今日も一番に修ちゃんがお帰りをしてくれた。
神室町の事務所に帰って来ると、大体は修ちゃんが一番にお帰りを言ってくれる。
──いつもは、普通が当たり前だと思ってたけど、本当はそうじゃないのかも。
……だめ。
悲しい事を考えると、もっと悲しくなるからやめなきゃ。
修ちゃんと毛利は何か難しいお話をしてる。
まだ塾まで時間あるし、お邪魔にならないように、屋上に居ようかな。
「修ちゃん、毛利、お話中にごめんね。屋上に行ってて良い?」
「ああ、塾の時間までに降りて来いよ」
「はぁい」
修ちゃんにお許しを貰った。
何もないけど、たまに行きたくなる場所。
屋上に上がると、誰か居る。
あれは、
「彰お兄?」
「……!!…ああ、一花か、おかえり」
「あぅ、びっくりさせちゃった?ごめんなさい……」
「あー、いや、いいんだ」
近付いて話しかけたつもりだったけど、びっくりさせちゃった。
ごめんなさいをすると、彰お兄は優しく笑って頭を撫でてくれた。
私は彰お兄に撫でて貰うことが大好き。
でも、今日はなんか違うかも。
こっそり彰お兄を見上げると、彰お兄はいつもと同じで、いつもと違う笑顔。
ほらね。
私は、この笑い方知ってるんだよ。
彰お兄の、妹の優子ちゃんのお話する時にする顔だ。
悲しい気持ちを我慢する時の顔。
すごく、つらそうな。
「っ、一花?どうした?!」
彰お兄にぎゅーって抱き着いちゃう。
お兄はちゃんと、しゃがんでぎゅーってし返してくれる。
背中をぽんぽんしてくれる。
またびっくりさせちゃったけど、気持ちが先に走っていっちゃう。
「あの、あのね、一花はまだ子供だけど!彰お兄がいっぱい頑張ってること知ってるよ。だから、だからね、苦しい時に一人で泣いちゃやだよ」
「…っ、一花、お前……」
言葉がいっぱい出てきて、自分でも何言ってるかちょっと分からなくなってきた。
でも、彰お兄が一人で苦しいのだけは止めたかった。
いつも、むずかしい顔をしてる。
誰よりも優しくて、優しくて。
この人は、ひとりで泣いちゃいけない気がした。
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