私達が先取点を奪うと、ついに『ファイアードラゴン』も本気を出し始めたようだ。チェ・チャンスウの完全なる戦術、“パーフェクトゾーン”の発動により、イナズマジャパンのFW陣は分断され、次第に狭まる包囲網によってボールを奪われてしまう。その上、素早いパス回しに翻弄された綱海と吹雪が激突し、負傷。2人は交代を余儀なくされた。


「悲劇です。しかし、この悲劇はあの2人が自らが招いたもの…。徹底したプレッシングにより、相手の動きを封じ、恐怖によって精神を支配する。こうなると、もう正常な判断はできません。」

「精神を、支配…。」

「現に貴女も混乱している。これこそが、我ら『ファイアードラゴン』の必殺タクティクス。」


チェ・チャンスウはそう告げると、ニヒルな笑みを浮かべて定位置へと戻っていった。

負傷した2人に代わって小暮と虎丸が入り、試合は再開する。すると、またもや“パーフェクトゾーンプレス”が発動し、今度は土方と飛鷹が餌食となった。奪われたボールが風介へ渡ると、彼らは流れるようにフォーメーションを変えていく。そして、壁山のDF技を軽々と抜き去り、晴矢の“アトミックフレア”でゴールを決めた。これで、同点に追い込まれてしまった。

すみません、と気落ちする立向居に、お前だけのせいじゃないよと私は首を振る。そもそも私達がゴールまで攻めを許したのがいけないんだ。あの必殺タクティクスは想像以上に手強い。あれがある限り、必殺技どころじゃないだろう。何か策を考えないと。


「包囲されてからじゃ、抜け出すのは至難の業だ。囲まれる前にどうにかパスを繋げられないかな…。」

「囲まれる前に…。なるほど、ならばあの練習が活きるはずだ…!」


鬼道は仲間達にこう伝えた。泥のフィールドを思い出せ、と。そういえば、最近は久遠監督からの指示で、深い泥に浸かった状態での練習を行っていた。つまり、監督は最初からこの必殺タクティクスの対策として、あの練習を私達にさせていたわけか。

鬼道に言われたとおり、下を泥だと思ってプレーすれば、私達のパスはしっかりと繋がっていく。やはり、“パーフェクトゾーンプレス”は地面を走るボールにのみ有効な戦術のようだ。
ボールを地面に落とさずに、パスだけで敵チームのゴールまで辿り着けば、再びシュートチャンスを得たヒロトが“流星ブレード”を打ち放つ。しかし、惜しくもボールは、相手キーパーによって止められてしまった。


「くっ…。」

「どんまい!次は絶対決められるよ。」

「ユウナ…。ああ、ありがとう…。」

「?」


なんだろう。今日のヒロトは余裕がないというか…。そりゃあ、2回もシュートを止められて悔しい気持ちはわかるけど、なんだからしくないように感じた。


「気に入りましたよ、イナズマジャパン。龍の餌食に相応しい相手です。」


相手チームのゴールキーパーが、その豪腕でボールを日本サイドへ叩き込む。ヒロトの様子が少し気になるけど、今は試合に集中しなければ…!

ボールは虎丸が拾い、私へとパスが回ってきた。すぐさま“ライトニングアクセル”を発動し、敵のDFを抜き去ろうとしたが、その閃光を見切った晴矢によって、ボールを奪い取られてしまう。


「少しはうまくなったようだな、ユウナ。だが、ここまでだ!」

「くっ、」


まさか、覚えたばかりの必殺技をこうも早く攻略されてしまうとは。さすが晴矢だ、と彼の生まれ持ったサッカーセンスの高さを認めつつも、悔しい気持ちでいっぱいになる。

その後も激しい攻防続き、チェ・チャンスウにボールが渡ると、彼の必殺技“奈落落とし”によって土方は吹き飛ばされ、傍にいた鬼道が下敷きになってしまった。そして、彼からパスを受けたアフロディが新必殺技“ゴッドブレイク”でシュートを決め、私達はついに彼らに逆転を許してしまう。

“パーフェクトゾーンプレス”を破ったとしても、『ファイアードラゴン』の個々の能力は非常に高い。私達も負けじと攻めの姿勢は続けているものの、豪炎寺と虎丸の必殺シュートはタイミングが合わずにゴールを大きく逸れてしまうし、飛鷹もなんだか空回りしっぱなしだ。そうして、私達はなかなか点が取れないまま、前半戦が終了してしまった。

先程の事故で足を負傷してしまった土方と鬼道は、栗松、不動との交代を言い渡される。今大会でまだ出場経験のなかった不動はやっとか、と不敵な笑みをこぼし、ベンチから立ち上がった。しかし、それにストップをかけたのは鬼道だった。


「待ってください!不動はまだチームに溶け込んでいません。世界進出のかかったこの大事な試合で、なぜ不動をーー」

「敵は不動を知らない。不動はジョーカーだ。」

「!」

「……なるほどね。不動は今までの試合に出ていないから、きっと敵チームもデータを持っていない。」


うまくいけば、流れをこちらに戻せるかもしれない。そう呟けば、不動は「今試合でクビの割に、イイこと言うじゃねーか」と私の肩に手を置いた。……うん、普通にこれは傷つくわ。仲間達も不動の発言に腹を立ててくれて、今にも喧嘩が始まりそうだったので、私は大丈夫だと眉尻を下げて笑った。

今は仲間割れなんかしてる場合じゃない。後半の試合で、どうにか点を取り返さないと。


(“あの技”もそろそろ試したいんだけど、タイミングが難しいんだよなぁ…。なにせ、浦部曰く“たった一度しか使えない技”らしいし。)


後半戦開始のホイッスルが鳴り響く。アフロディのキックオフで、ゲームは動き出した。ドリブルで攻め上がる晴矢に、交代したばかりの不動がDFに上がる。


「その程度で俺からボールを奪えるかよ!」


そう言って晴矢はあざ笑うが、不動はめげずに何度もチャージを繰り返す。そして、「しつけーんだよ!」と強く押し返そうとした晴矢をさらりといなして、彼から巧みにボールを奪い取った。すごい、駆け引きを使った頭脳プレーだ。
それからも不動は『ファイアードラゴン』を翻弄し、次々と敵のディフェンスをかわしていく。相手の性格やクセをよく理解した動きだった。なるほど、確かに監督の言うとおり、彼はジョーカーと呼ぶに相応しい存在だ。

しかし、彼の戦い方はまるで1人で戦っているようだった。傍にいた壁山や風丸にボールをぶつけ、跳ね返りを利用して相手を抜き去る。ノーマークのヒロトがパスを回すよう呼びかけても応じない。そんな彼の自分勝手なプレーに、仲間達が不満を抱くのは当前だった。


「不動……ぐあっ!!」

「ユウナ…!」


不動にボールをぶつけられて倒れ込むと、ヒロトが心配そうに駆け寄ってきた。女子にまでボールをぶつけるなんて、と傍にいた風丸が歯を食いしばる。私は大丈夫だと立ち上がり、独走する不動を再び追いかけた。


(くっ、息が上がる…。それに、ここ最近の特訓で足に負担をかけ過ぎたせいか、いつもより足の疲労が溜まるのが早いな。)


不動は何度かシュートを試みるも、全て相手のゴールキーパーに止められている。その上、彼らの“パーフェクトゾーンプレス”が発動し、頑なにパスを出したがらない不動はその餌食となってしまった。このままでは試合に負けてしまう。スライディングでなんとかボールを外に出した風丸が、「いい加減にしろ!」と不動に怒鳴った。


「パスを回せ!みんなに合わせろ!」

「俺に命令するな!俺は出したいときに出す!」

「……勝手にしろ。」


風丸達は嫌悪感を剥き出しにしながらも、これ以上は話しにならないと会話を断ち切った。空気はこれ以上ないくらい最悪だ。今は仲間同士で啀み合っている場合じゃないのに、一体どうしたらいいんだろうか。



ジョーカーの扱い方



相手チームからのスローインで、再びボールを奪い取った不動は敵に囲まれると、意外にも風丸にパスを出した。しかし、そのパスは届かず、フィールド外に出てしまった。


「チッ、しっかりしやがれっ!」

「今更何を…!それに、どこに蹴ってるんだ!」


互いに睨み合い、相変わらず不穏な空気が流れ続ける。次いで、壁山、ヒロトにもパスが回るが、2人ともボールに追いつけず、パスミスとなってしまった。何やってんだとキレる不動に、あんなパス届くはずがないと不満を零す選手達。しかし、私が思うにさっきのパスは…。


(いつもの彼らなら追いついていたはずだ。)


不動はただ闇雲にパスを出しているんじゃない。敵や味方の動きをわかった上でパスを回している。ただ、みんなが不動を信頼していないから、普段通りのプレーができずにいるんだ。

それなら、


「不動!次は私にパスを回してよ!」

「……あ?」

「大丈夫。絶対、繋いでみせるから。」


私がそう言うと、不動はフッと嘲笑い、「そんなに欲しいなら取ってみろよ、ユウナちゃん?」と相変わらず人をバカにしたような態度で言った。

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