ネオジャパンとの激しい戦いは、苦戦を強いられながらも1対2でイナズマジャパンの勝利に終わった。そして、試合の中で更なる進化を遂げ、自信をつけた者達は今日も熱心に練習に明け暮れる。

グラウンドの方から聞こえてくる誰かの必殺技を叫ぶ声や「いいぞー!」「どんまい!」といった仲間同士の掛け声を耳にしながら、私は静かに息を吐き出した。俯き気味になっていた顔をゆっくりと上げ、目前に立つ人物と視線を交える。
グラウンドから離れた、建物の影となるこの場所に私を呼び出した久遠監督は、ピクリとも眉を動かさず、いつも通りの無表情のまま、私に容赦のない言葉を浴びせた。


「緑川ユウナ。次の試合がおまえの日本代表としての最後の試合だ。」

「……っ、はい。」


ついに来てしまった。ずっと恐れていた、このときが。心臓がきゅっと締め付けられたように苦しくなる。息が詰まりそうだ。
けれど、想像していたよりもショックが大きくないのは、元よりこうなることを覚悟していたおかげか。それとも大夢に、“代表落ちしたって誰もおまえを幻滅したりしない”と励ましてもらったおかげか。それでも泣きそうになるのをぐっと堪えて、私は久遠監督の去っていく背中を見送った。

今は落ち込んでる暇なんてない。例え次が最後の試合であろうと、私は日本代表なんだ…!治兄さん達のように日本代表になりたかった人達が多くいる中で、代表選手に選ばれたことに誇りを持って、彼らの分まで全力で戦わねば。


「そのためには、やはり新必殺技の特訓だな…。」


時間は有限だ。早くグラウンドに戻ろう。そう思い、踵を返した私は、建物の角を曲がった先で何やら焦った様子の財前と、そんな彼女の手で口を塞がれてモゴモゴしている浦部にばったり出くわした。
イナズマジャパンの応援に来たのであろう彼女達は、こんな人気のない場所で何をしているんだろうか。怪しげに見つめていると私の存在に気づいた財前が、ピシッと不審に動きを止めた。


「あ、」

「……二人ともこんなところで一体なにしているんだ?」

「い、いやぁ……その、あはは…。」

「〜〜っぷは!ちょっとアンタ、さっきの会話ほんまかいな!?日本代表辞めるん!?」

「あああっ、ちょっとリカ!!」


訝しげに尋ねれば、財前の手から逃れた浦部が、どっと押し寄せるような勢いで問いただしてきた。慌てた財前がまた彼女の口を塞ごうとするのを見て、私は全てを察する。なるほど、先程の会話は全て二人に聞かれてしまっていたのか。
気にしてないから大丈夫だと伝えれば、財前はパチンッと前に手を合わせ、非常に申し訳なさそうに口を開いた。


「ユウナ、ごめん…。盗み聞きするつもりじゃなかったんだけど。」

「別にいいよ。いずれ知られることなんだから。……まあ、気を遣わせたりしたら悪いし、監督が発表するまでチームのみんなには黙っていてもらえると助かるんだけど。」

「それはいいけど…。」

「なんや。思ったより平然としてるんやな。悔しくないん?」

「リカっ!」

「そりゃあ、死ぬほど悔しいけど……くよくよしてても仕方ないからね。次が最後だというのなら、やれるだけのことはやった!って胸張れるように頑張らないと。」

「ユウナ…。」


私がそう言うと、二人は感慨に沈んだ様子でその口元に笑みをこぼす。そして、ドンッと自分の胸を叩いたリカが明るい声色で言った。


「よっしゃ!あたしもアンタの特訓に付き合うで!新必殺技を考えてるんやろ? 泥舟に乗ったつもりで、あたしに任せときー!」

「それをいうなら“大舟”、だろ。ユウナ、あたしも協力するよ!なんてったってユウナは日本の女性サッカー選手のホープだからね!すごい必殺技完成させて、女の強さってもんを世界に見せつけてやろう!」

「財前、浦部……ああ!ありがとう。」
 

優しい二人からのありがたい言葉に、じーんと胸が熱くなる。私は若干涙ぐみながら、二人にお礼の言葉を告げた。






「おはよう、ユウナ。隣りいいかい?」

「ああ。おはよう、ヒロト。」


朝食の乗ったお盆を持ち、私の隣りに腰掛けたヒロトは、今日も眠気なんて微塵も感じさせない爽やかな顔で食事を始める。私の向かいに座り、半分寝た状態で食べている栗松とは大違いだ。まあ、ここのところ試合や練習続きで疲れが溜まっているのだろうし、仕方がないか。
木野さんが作ったというちょうどよい甘さの卵焼きを頬張っていると、ヒロトは「あのさ」と改まって口を開いた。


「今日の午後は久しぶりのフリーだったろ。ユウナさえ良ければ一緒に稲妻町を見て回らないか?」

「あー、ごめん。今日はちょっと先約があるんだよね。」

「先約…?」


不思議そうに首を傾げたヒロトに、私は何も言わず、へらりと笑みを浮かべる。そう、今日は午後から財前達と新必殺技の特訓をしようと約束しているのだ。“事は密なるを以て成る”というわけで、ヒロトには申し訳ないけれど、この特訓のことは誰にも言わないと決めていた。
最後の一口を食し、私は元気よく「ごちそうさま!」と言って立ち上がる。少しでも早く特訓がしたくてうずうずしていた私は、「それじゃ、お先に!」とまだ食べているヒロトを残して、食器を片付けに向かった。




三人寄れば文殊の知恵





「おーい、緑川!ディフェンス技の特訓に付き合ってくんねーか?」

「あー、悪い!この後ちょっと用事があるんだ!」





「緑川。これから円堂達とゲームをやろうと思うんだが、おまえはどうする?」

「いや、今回は遠慮しとくよ。」




「あれ、ユウナさん。こんな時間にどちらに行かれるんですか?」

「自主トレ!門限は守るから安心して!」





「今から走り込みに行くんだが、緑川もどうだ?」

「ごめん、用事があるんだ。また今度誘ってよ。」


じゃあ、また夕食のときに!と元気に手を振りながら去っていくユウナに、風丸はおーと手を振り返すも、その顔はどこか腑に落ちない様子だ。
「あいつ、最近なんかコソコソしてないか?」と彼が尋ねれば、傍から見ていた鬼道達が神妙な顔で頷く。円堂だけは「そうか?」と首を傾げていたが。


「……。」


ヒロトは物憂げな表情で、彼女が消えた曲がり角を見つめる。日本代表に選ばれてから、彼女はずっと様子がおかしかった。練習中はどこか無理をしているようだったし、時たま垣間見る何かに怯えているような彼女の表情が、ヒロトは気がかりでならなかった。
『ネオジャパン』と試合した頃には、ずいぶんと元気を取り戻していたようだけど、最近は練習後もすぐどこかへ行ってしまうし、どこに行っているのか聞いてもはぐらかされてしまう。心配だ。もしかしたらまた何かを一人で背負い込んでいるのかもしれない。


「もっと頼ってくれたらいいのにな。」


ヒロトは深い溜め息を溢した。









「『ライトニングアクセル』!!」

「よっしゃ!新必殺技の完成や!」

「やったね、ユウナ!これと“あのシュート技”さえあれば、明日の試合で大活躍すること間違いなしだ!」

「ああ…!ここまで付き合ってくれた二人のおかげだよ。本当にありがとう。」


ユウナと塔子は汗だくであることも厭わず、手を握りあって喜びを分かち合う。そんな二人をジト目で見つめ、リカは深い溜息をこぼした。


「アンタら、なーにやりきったって顔してんねん!まだ特訓は終わってないでー? ユウナには最後に“とっておきの必殺技”を覚えてもらうんやからな!」

「「……“とっておきの必殺技”?」」


ニヤリと不敵な笑みを浮かべるリカに嫌な予感がした二人は、不安げに顔を見合わせた。アジア予選決勝はもう目前に迫っている。

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