「で?ジュピター様は一体なにに悩んでいらっしゃるんですか?」


ベンチに腰掛け、足を組んだ大夢は冗談めいた口調でそう尋ねた。その有無を言わせない瞳に見つめられ、私は決まりが悪そうに視線を逸らす。どうやら、私が悩みを抱えていることなど、とうに彼はお見通しのようだ。さすが、5年もジェミニストームの副キャプテンを務めていただけある。

正直、こんな情けない話は誰にも聞かせたくなかったんだけど……仕方ないか。私は観念したように、ぽつりぽつりと彼に悩みを打ち明けた。


「その、大夢も知ってるとは思うけど……先日の試合で、私は誰よりも先にスタミナを切らして選手交代を言い渡された。あれだけ特訓したのに、結局なんの活躍もできないまま、モニター越しにみんなを応援することしかできなかったんだ…。」


足腰を鍛えるために特訓後も走り込み、誰よりも長い時間ボールを蹴り、みんなに着いていこうと必死で頑張っていた。それなのに、気がついたら私はベッドの上で。勝利の喜びを分かち合う彼らを見て、芽生えた感情は正しく嫉妬と諦念だった。


「みんな、どんどん力をつけていってる。綱海も新必殺技でシュートを決めていたし、虎丸も華麗なテクニックで敵を翻弄してた。……私も、みんなに負けないよう必死で特訓してるけど、それでも彼らとの差は開いていくばかりで…。」

「………。」

「私、怖いんだ…。みんなに見限られてしまうことが。いつ代表を降ろされるんだろうって、最近はそればっかり考えてる…!」


代表選手に選抜されてすぐ、久遠監督は私だけを呼び出して言った。“お前の全体能力値は代表選手の中で最下位だ。結果を残せなければ代表の座から降りてもらう”、と。私は、あの全てを見透すような細く鋭い眼光が怖くて堪らない。
きっと監督は気づいているはずだ。今後、私がどれだけ頑張ったとしても、ヒロト達を越えるほどの成長は見込めない。もう限界はとうに迎えているのだと。


ーーそしたら、私はどうなる?

簡単だ。実力のない者は落とされる。それは勝つために必要なことだと、頭ではちゃんとわかっているのに。それでも怖くて、胸が苦しくて。いやだいやだ、とまるで迷子のように瞳を揺らしながら、私は声を荒げ、ずっと抑えていた胸のうちを吐露した。


「捨てられたくない…っ、私もみんなと一緒に世界へ行きたい…!玲名だって、みんなの分まで頑張ってこいって、そう言ってくれたんだ……っだから、こんなところで終わるわけにはいかない!こんなみっともない姿、みんなには見せられない!……でも、じゃあ、どうすれば…!私はどうすればいいの!?」


「なあ、」






「心からサッカーを楽しめないんだったらさ、やめちゃえば?サッカー。」

「え…、」


ポロポロと涙を零す私を、何の感情も持たない瞳にうつして、彼はそう言った。


「今のユウナ、エイリア学園の頃みたいな顔してる。そんなふうに何かに怯えて、苦しみながらサッカーするくらいだったら、さっさとやめた方がいいって。」

「サッカーを、やめる…?」

「そう。だって、楽しくないんだろ?」

「っ!別に楽しくないわけじゃ、」


私はぐっと息を呑み、独り言でも言うかのようにボソボソと呟く。確かに、最近サッカーをしていると不安に押しつぶされそうになるし、昔みたいに純粋な気持ちでプレーをすることは減ってきたように思える。

……でも、それでも私は、


「楽しくないわけじゃ、ないんだ…。みんなで一つのボールを追いかけて、広いフィールドを駆けまわっていくことが、何よりも楽しい。パスが繋がったり、シュートが決まったとき、これ以上なく幸せな気持ちになれる。」


それは幼い頃、お日さま園の子供達とがむしゃらに走り回った記憶だったり、エイリア学園との最後の試合で、雷門イレブンの仲間達と力を合わせてゴールを決めた、あの瞬間だったり、
目を閉じれば瞼の裏に浮かんでくる、楽しかった、嬉しかったあの日の情景。失っていた感情を取り戻したように、私は顔をほころばせ、優しい声色で言った。


「私はそんなサッカーが大好きなんだ。」


だから、サッカーをやめたいだなんて、そんなことは絶対に思わない。そう告げると、大夢はニヤッと白い歯を見せて言った。


「じゃあ、その大好きな気持ちをさ、ありったけボールに込めてプレーしてみろよ。」

「……!」

「言っておくけど、お日さま園の奴らはどんなお前だって応援するし、代表落ちしたからって別に幻滅したりしないっての。
だから、やれるだけのことはやった!後悔はしてないって、堂々と胸張って帰ってきたら良いんだよ。」

「大夢…。」


彼の言葉一つ一つに感銘を受ける。そういえば、私が何かに悩んでいたり、諦めかけているとき、背中を押してくれるのはいつもこの男であった。
ゴシゴシと目に溜まった涙を手で拭い、私は顔を上げた。大好きな気持ちをありったけボールに込めてプレーする、か。“好きこそ物の上手なれ”ともいうし、なるほど。さすがは我らが副キャプテン。いいこと言うじゃないか。

胸のつかえが取れたように、晴れやかな表情を浮かべる私を見て、大夢は「もう大丈夫だな」と小さく呟いた。


忘れていた感情


*****

オリキャラ:ハナン
デザートライオン唯一の女選手。ユウナと同年齢。相手に同情することで、自分の優位性を誇示する系女子。大夢に一目惚れする。恋が実るかは不明。

いくら女選手が珍しいからって、ユウナ以外の女選手が一人もいないのはどうよ?ということで登場させましたオリキャラのハナンちゃん。今後話に出てくることは、ほぼないと思います。ありがとうございました。

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