イナズマジャパンのみんなと合流すると、予想はしていたけれど、みんなにすごく心配された。ヒロトや吹雪達も試合中に倒れたって聞いてたけど、私みたいに意識を失うほどではなかったらしい。
改めて自分の脆弱さを痛感し、もっと鍛えなくてはと意気込んだところで、久遠監督に今日と明日は練習に参加せず、筋トレや軽いランニングをして過ごすようにと釘を刺されてしまった。

「そんなの、困ります!」そんなことをしていたら、彼らとの差がますます開いてしまう。もう一秒だって立ち止まることは許されないのに。
私は必死で反論したが、監督が意見を変えることはなく、終いには「私の指示に不満があるというなら、代表を降りてもらって構わない」とまで言われてしまった。それが嫌だから、こんなに焦ってるんじゃないか。


(いやだ。置いて行かれたくない。私もみんなと一緒に世界へ行きたい。お日さま園のみんなだって、応援してくれてるんだ。みんなの期待を裏切りたくない。このままじゃ、帰れない…!)


「ユウナ、顔色が悪いけど大丈夫かい?もしかして、まだ具合が悪いんじゃ、」

「っ、そんなことないよ。ほら、超元気!もう体を動かしたくて、ずっとウズウズしてるんだよね。よし、ちょっとその辺を走ってくるよ!ヒロトも練習頑張ってね!」

「えっ、ユウナ!?」


呼び止めようとする声を振り切って、私は合宿所を飛び出した。心配してくれていたヒロトには申し訳ないけれど、今の私はいっぱいいっぱいで、まともに会話できる状態ではなかったんだ。
嫌われたくない、捨てられたくない、そんな感情ばかりが胸を渦巻く。これじゃあ、まるで宇宙人をやっていた頃みたいだ、と私は自嘲の笑みを浮かべた。



どんどん距離は開いていく



行き先を決めずに走った結果、辿り着いたのは鉄塔近くにある小さな公園だった。本当に、こんなところで何をやっているんだろう。私は公園内の二人がけのベンチに腰を下ろし、深い溜め息を吐き出した。

楽しそうにブランコを漕いでいる子供達を遠目に見つめ、その姿をお日さま園の子供達と重ねる。こんな情けない姿、みんなには見せられないな…。
そんなことを考えていると、コロコロと軽がってきたボールが、私の足にぶつかって止まった。ああ、そういえば彼女と初めて会った場所はこの公園だったっけ。

ボールが転がってきた先に視線を向ける。そこには、初めて会ったときと同じようにニコニコと可愛らしい笑みを浮かべたハナンが立っていた。


「ふふ、昨日は完敗だったよ。日本にはすごい選手が沢山いるのね。ビックリしちゃった。特に宇都宮選手の最後のプレイ!彼はまさに“天才プレイヤー”って感じだったよね。ねえ、ユウナちゃんもそう思ったでしょ?」

「……。」

「どうしたの?何も喋らないけど、もしかしてまだ体調が優れないのかな。昨日はすごく暑かったもんね。スタミナ切れて倒れちゃった選手はユウナちゃんだけだったけど、仕方ないよ。だって、ユウナちゃんは女の子なんだもん。どんなに頑張ったって、男の子の体力には勝てない。ユウナちゃんも今回の試合で身に沁みたでしょ?」

「……っ、」

「うふふ、かわいそうなユウナちゃん。この調子だと代表落ちは確定ね。ほら、私の言ったとおり、あなたってば悲劇のヒロインみたい!すごく惨めでかわいそう!でも、大丈夫よ。ヒロインの前には、いつか素敵な王子様が現れるものなんだから。……まあ、宇宙人にも王子様が存在するかはわからないけどね!」


一体何が面白いのか、クスクスと笑うハナンを険しい表情で睨みつける。相変わらず、心根が腐った女だ。私が黙っているのをいいことに、彼女はそのよく回る舌で嫌味や皮肉をつらつらと並べ立てていく。彼女のチームはイナズマジャパンに負けたはずだけど、きっと私個人になら勝てると思っているんだろう。
こんな奴の言うことなんか気にしてやるもんか。そう思っていても、彼女の持つ悪意のナイフは的確に私の胸を貫いてくる。痛い。悔しい。そして、腹立たしい。彼女の言葉を、全て否定できない自分が。


だって事実私は、虎丸のプレイを見て、みんなのプレイを見て、思ってしまったんだ。“敵わない”って。
試合では役に立てず、練習にも参加させてもらえず、行く宛もなくこんな場所にいる私は、彼女の言うとおり、なんて惨めなんだろう。

あー、まずい。ちょっと泣きそうになってきたかも。目に涙が滲んできて、私はぐっと唇を噛みしめる。


そのときだった。


「王子様じゃなくて、頼りになる従者ならいますけど?」

「「!」」


突然、聞こえた第三者の声。その聞き慣れた、安心感のある低音に鼓膜が震える。そんなまさかと振り向けば、予想していた通り、ジェミニストームの副キャプテン、ディアムこと三浦大夢が私服姿で立っていた。うそ。どうして、彼がこんなところに。

また少し背が伸びただろうか。前に会ったときより目線が高くなった彼は、ぽかりと口を開いて固まる私を見て、ニヤリと笑った。


「なーんだ。希望達が見舞いに行けってうるさいから来たけど、思ったより元気そうだな。もう体調は大丈夫なわけ?」

「……ああ、うん。心配かけて申し訳ない。このとおり、もうすっかり良くなったよ。」

「そ。じゃあ、一応これ見舞い品な。」

「ありが……ん!?これ、随分と重いね?!!」

「そりゃあ、ジェミニストーム全員分の心配と、快復を願う気持ちが入ってるからな。愛を感じるだろ?キャプテン。」


林檎やら本やら、さまざまな見舞い品が入ったトートバッグを私に押し付けて、大夢は白い歯を見せて笑った。ああ、どうしてだろう。こいつの笑顔を見たら胸がじーんと熱くなって、せっかく驚きで引っ込んだ涙が、またじわじわと浮かんでくる。
少し潤み声でお礼を言うと、大夢は目をぱちくりした後、「なんだよ、やっぱり重症じゃん」と呆れたように呟いた。

すると、ずっと黙りを決め込んでいたハナンが「あのぉ…」と口を開く。先程までとは別人のような猫撫で声に眉を潜める私に対し、彼女へと視線をうつした大夢は、あれ?と目を丸くした。


「あんた、よく見たら、昨日ユウナ達が戦った相手チームの女選手か。」

「えっ、知っててくださったんですか?きゃー嬉しい!私、ハナンっていいます。デザートライオンのFWです。あの、あなたは…?」

「俺は三浦大夢。そりゃあ、女選手なんて珍しいし、昨日の試合で何度か必殺シュート打ってたから、さすがに覚えてるよ。」


大夢がそう答えると、ハナンは頬をぽっと染め、「大夢さん、っていうんですね」と呟く。んんん?なんだか、彼女からハートが飛んでいるような……目が疲れてるのかな??

死んだ魚のような目をする私の前で、完全に恋する女の子モードになったハナンは、「この後、お暇ですか?よかったら、一緒にお茶でもどうですか?」とぐいぐいアプローチをかけていく。
こんな可愛い子に詰め寄られたら、駿太郎辺りならきっと鼻を伸ばして即OKを出していただろう。しかし、大夢は動じることなく、きっぱりと彼女の誘いを断った。


「悪いけど、こいつに用があるからムリ。」

「む。ユウナちゃんとは一体どういうご関係なんですか?ま、まさか、恋人とか…?!」

「それは絶対にない。そもそも、こいつを女として見たことなんて一度もないし。俺はもっと謙虚でおしとやかで美人な大和撫子みたいな女性がタイプだ。間違ってもこいつじゃない。」

「おい。」

「じゃあ…!」


「でも、世界一幸せになってほしいと願うくらい、大切な俺の家族だから。」



“俺の家族を傷つけるような奴と仲良くする気は更々ない”


彼の重い奥二重の目が、ハナンをじっと見つめる。そのなんの感情も読み取れない表情に、ハナンの顔色はどんどん悪くなっていって、やがてその大きな瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
ちょっと、大夢くん。女の子泣かせちゃまずいでしょ。そう思いつつも、大切な家族だと言ってもらえたことが嬉しくて、私はにやけそうになる口元を必死で噤んだ。

そして、ハナンはふるふると震えだすと、「そんな釣れないところもかっこいいのよ!!!」と叫びながら、どこかへ走り去っていった。なんだったんだ、一体。

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