「……んぅ、あれ…?ここは、」

「あ、よかった。目を覚ましたのね。」


寝起きでぼーっとしている私を見て、マネージャーの久遠さんは安心したように息をついた。知らない部屋の簡素なベッドで横になっていた私は、身を起こし、キョロキョロと辺りを見渡す。ここはどこだろうか。なぜ、私はこんな場所で寝ていたんだろうか…。

「これ飲んで」と言って、久遠さんはスポドリを私に差し出した。まだ状況を飲み込めていなかったが、とても喉が渇いていたのでありがたい。私は彼女にお礼を言ってそれを受け取り、何口か飲んで喉に潤いを与えた。スポドリはよく冷えていておいしかった。
おかげさまで、まだ少し頭がぼーっとしているけれど、幾分かはマシになったように思う。私が飲み終えるのを見届けた久遠さんは「覚えてる?」と確認するように尋ねた。


「緑川さん、試合中に倒れちゃったの。」

「え、試合中に…?っ、試合ってまさか…!」


さっと顔を青褪める。意識を失う前のことを、少しずつだけれど思い出してきた。……そうだ。今はカタール戦の真っ只中で、確かイナズマジャパンが2点をリードしたまま前半が終了して……それから、それから……
だめだ。どうも後半戦からの記憶があやふやになっている。私は、久遠さんに詰問するような迫力で尋ねた。


「試合は…!試合の結果はどうなったんだ!?」

「落ち着いて、まだ試合は終わってないの。今は2対2。さっき、後半のロスタイムで同点に追いつかれてしまって…。」

「うそ、なんで、後半になってそんな…!前半はあんなに調子が良かったのに。」

「デザートライオンの目的は、イナズマジャパンの体力を消耗させることだったの。倒れてしまったのは緑川さんだけじゃない。綱海さん、ヒロトくん、吹雪くん、と選手は次々に交代していった。」

「っ、」


ひゅっと息を呑む。まさか、私が眠っている間にそんな事態になっていたなんて…!こんなところで休んでいる場合じゃない、と立ち上がろうとすれば、久遠さんは私の腕を掴み、フルフルと首を横に振った。
「だめよ、安静にしてないと。」彼女のまっすぐな瞳が私に訴える。でも、とすぐに反論しようとして、私は口を噤んだ。

行って、どうするというのか。前半しか出ていないというのに、全身が疲労を訴えてくる。そんな私が彼らのもとへ向かったところで、今の状況を打開できるとは到底思えない。チームの足を引っ張るだけだ。
今試合では何一つ活躍できないまま退場した自分が、情けなくて仕方がなかった。あれだけ練習したというのに、やはり私じゃ駄目なのか。

悔しい。ギュッとシーツを握り締めれば、その拳の上に白い手が添えられる。顔を上げると、久遠さんが安心させるような優しい声色で「大丈夫」と言った。


「お父さんには何か作戦があるんだと思う。だから、大丈夫。お父さんを、みんなを、信じてあげて。」

「……うん。」


ゆっくり頷けば、久遠さんはほっと胸をなでおろした。…そうだ。彼女の言うとおり、今の私には監督やみんなを信じて待つことしかできないんだ。歯痒いけど致し方ない。
久遠さんはテーブルに置かれていたリモコンを手に取ると、部屋の隅に設置された大きめサイズのモニターに向けて、電源ボタンを押した。ぱっとモニターに映し出される見知った光景。それはイナズマジャパンとデザートライオンの試合中継であった。


「この部屋、選手用の待合室なんだけど、生中継が見られるんだって。だから、一緒にここでみんなを応援しよう。」

「……わかった。忙しいのに面倒かけてごめん。」

「ううん、気にしないで。試合中はマネージャーの仕事も少ないから。」


そう言って優しく笑う久遠さんに、釣られた私も微笑を浮かべる。それから二人は、静かにモニターへと視線をうつした。






「ふざけるなっ!そんなサッカーは、本当の楽しさじゃない。ーー見ろ。ここにいるのは、日本中から集められた最強のプレイヤー達。そして、敵は世界だ。俺達は世界と戦い、勝つためにここにいるんだ。それを忘れるな!」

「そうだぞ、虎丸。全員が全力でゴールを目指さなくちゃ、どんな試合にも勝てないぜ。もっと俺達チームメイトを信じろって!」

「ここには、お前のプレイを受け止められない軟な奴は一人もいない。」

「なあ、やろうぜ!虎丸!」





「いいんですか?……オレ、思いっきりやっちゃっても!」


何かが吹っ切れたように、晴れ晴れとした表情を見せた虎丸は、試合開始早々その高度なドリブル技術でディフェンス3人を軽々とごぼう抜きしてみせた。そして、あっという間にゴール前までやってきた彼は、必殺シュート『タイガードライブ』で敵のゴールネットを激しく揺らす。
その実力の高さに敵も味方も愕然とする中、誰よりも早く我に返った円堂の「すごいぞ!虎丸!」という歓声がフィールド中に響きわたった。

試合終了のホイッスルが鳴ると共に、イナズマジャパンの選手達は駆け出し、虎丸を囲んだ。今試合でのMVPは間違いなく、彼だろう。よくやった、これで次はアジア予選決勝だな、と喜びを分かち合う彼らの姿を、私は画面越しにじっと見つめていた。

激しいチャージを躱す身体の靭やかさ、崩されても倒れないボディバランス…。虎丸のそれは特訓して簡単に身につくようなものじゃない。彼は誰の目にも明らかな天才プレイヤーであった。
ああ、駄目だな。あの女の嘲るような冷たい声が聞こえてくる。


「あのねぇ、世の中には努力だけじゃどうにもならないことが沢山あるのよ。」

「宇宙人の中でも下っ端だったあなたが世界になんて行けるはずないでしょ?」



違う、そんなことないって言い返したい。けど!すごく悔しいけれど…!事実、私は彼に対して、

“敵わない”と、そう思ってしまった。



「虎丸くんも、みんなもすごかったね。……?緑川さんどうかしたの。」

「っ、ううん……なんでもないよ!そんなことより、ほら、私はもう大丈夫だからさ。行こう、久遠さん。早くみんなにおめでとうって言ってあげよう!」

「?うん、」


不思議そうな顔をしつつも頷いた彼女の手を取り、私は待合室から飛び出した。無駄に明るく振る舞い、ズキズキと痛む胸には気付かないフリをする。宇宙人を演じていたこともあって、自分の感情を抑えながら平然を装うことに、私はすっかり慣れてしまっていた。



画面越しに仲間を見つめる

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