「親?ああ、あの犯罪者の?」


一瞬、ハナンが何を言ったのかわからなかった。素直で明るくてとても良い子だと思っていたのに。純情そうな少女の仮面を剥いだ彼女は今、嘲るような冷たい視線を私に向けている。先程までとはまるで別人のようだ。怖い。全身の血が冷え渡り、胸がドキドキと張り詰めるのを感じた。


「な、なんなの、お前…。どうして、お父さんのことを、」

「ふふ。これくらいの情報、調べれば簡単に出てくるよ?元宇宙人さん♪」

「っ、」

「でも、あなたって本当に不幸な人生を送っているのね。肉親に捨てられて、孤児院で暮らしてるってだけでもかなり惨めなのに、宇宙人の真似事をさせられるだなんて。うふふ。地球侵略を目論んで捕まったんでしょ、あなたのお義父さん。間抜け過ぎて、嘲笑っちゃう。」

「……お父さんのこと、悪く言うのはやめてもらえる?」


気の張った厳しい口調でそう伝える。彼女が一体どういうつもりでこんな話をしだしたのか、理由はわからないけれど、お父さんを貶したり愚弄することは絶対に許せなかった。
目尻を釣り上げて睨みつけると、ハナンは可笑しそうにクスクスと笑う。そして、彼女は取ってつけたような空々しい口調で言った。


「やだ、そんな怖い顔しないでよ。ふふ。でも、そうだね…。仮にも育ての親のことをバカにされたら嫌だよね。ごめんなさい。でも、私はあなたに同情してるだけなの。まるで悲劇のヒロインみたいな人生を送るあなたに、ね。」


「あ、お迎えがきたみたい」とハナンは、私の後ろに視線を向ける。振り返ると、そこには彼女と同じ小麦色の肌の男の子が立っていた。深緑の髪が左目にかかっているその男の子は、私を見るとフンッと馬鹿にしたように鼻で笑う。まさに“類は友を呼ぶ”というか…感じの悪い奴らだ、と私は眉間に皺を寄せた。


「ここまで道案内ありがとう!それじゃあ、またね。」


私に別れを告げたハナンは男の子のもとへ駆け寄ると、さっさと二人で駅の方向に消えてしまった。一体、なんだったんだろうか…。
残された私は、このやり場のない怒りをどうすればいいのわからず、途方に暮れた。……とにかく、あんな人達とはもう二度と会いたくないな。ランニングも中断させられたし、気分は最悪だ。

すっかり茜色に染まってしまった空を見上げ、もう合宿所へ帰ろうかと思ったところで「あれ、ユウナ?」と後ろから声がかかる。振り向けば、そこには何故か円堂と豪炎寺とマネージャーの三人組が不思議そうにこちらを見つめていた。
なんだか、珍しい組み合わせだな。円堂は私のもとへと駆け寄ってくると、首を傾げながら尋ねた。


「特訓の帰りか?」

「まあ、そんなところかな。円堂達はこんな時間までどこへ行ってたの?」

「俺達は虎丸ん家の手伝いをしてたんだ!」

「虎丸くんのお家は虎ノ屋っていう定食屋さんだったんです。虎丸くん、身体の弱いお母さんのために一人でお店を切り盛りしてたんですよ!」

「えっ、あの練習の後で!?」

「そうなの。すごいわよね、虎丸くん。」

 
木野さんの言葉に、私はコクコクと何度も頷く。なるほど。虎丸が練習後にすぐ帰ってしまうのには、そういう理由があったのか…!まだ小学生なのに、母親思いの立派な子だなぁ。
円堂達から心打たれる話を聞くことで、先程までの怒りの感情が急速に萎んでいく。よし、あの二人のことは忘れてしまおう。もう今後会うことだってないだろうしね。そうして、私は円堂達と安定のサッカー談義をしながら、合宿所へと帰っていった。







それから二日後。晴天に見舞われ、気温も試合も暑くなりそうな今日、待ちに待ったアジア予選第二試合が行われる。対戦相手はカタール代表『デザートライオン』。砂漠で鍛え上げられた強力なフィジカルが武器のチームだ。
イナズマジャパンのみんなはやる気十分の様子で、試合会場へと入っていく。そして、私はそこで衝撃の真実を知ってしまった。


「な、え、お、お前…!」


目を大きく見開き、信じられないといった様子で、私は向かい側に立つ女選手を見つめる。ニコニコと愛想の良い笑みを浮かべているその少女は、この前会ったハナンという少女で間違いなかった。まさか、彼女がデザートライオンの選手だったなんて…!
見つめ合う私達に、傍にいた風丸が「知り合いか?」と不思議そうに尋ねる。私はあの日の、初対面にして失礼極まりない彼女の態度を思い出し、じんじんと湧き上がる憤りに拳を震わせた。


「知らないよ、こんな心根が卑しい奴。」

「そ、そうか…(とてもそうには見えないんだが、)」


ぷいっと彼女から視線をそらす。落ち着け、今から大事な試合なんだ。あんな奴のことを気にしている場合じゃない。
私は一度深呼吸をして、遙か先のゴールを見据えた。この試合に勝てば、ついにアジア予選決勝だ。応援してくれている人達のためにも、お日さま園のみんなのためにも、必ずこの試合勝ってみせる!

グラウンド中に、試合開始のホイッスルが鳴り響く。まずは先制点を取るため、私達は一斉に前へと走り出した。



イナズマジャパン対デザートライオン



走り込みのおかげか、デザートライオンに当たり負けしていないイナズマジャパン。ヒロトの『流星ブレード』や風丸の新必殺技が決まり、私達は2点をリードしたまま前半を終えた。

「よし、後半もこの調子で行こうぜ!」と士気を上げる円堂に、みんなは息を切らしながら答える。
見るからに疲れている選手達。デザートライオンはラフプレーが多く、私達は前半だけでかなりの体力を削がれてしまっていた。おまけにこの気温の高さだ。滝のように流れていく汗を、マネージャーから受け取ったタオルで拭う。

今、流れはイナズマジャパンにある。円堂の言うとおり、この調子でリードを守りきらなくては。


デザートライオンは後半からFWが三人という攻撃的布陣に切り替えたようだ。その三人の内の一人であるハナンは、私と目が合うとニコッと笑みを浮かべ、ヒラヒラと手を横に振ってきた。……二点も先取されてるっていうのに、なんでそんな余裕そうなんだ。
チッと舌を鳴らす。後半開始のホイッスルが鳴り響くと、敵はゴールに向かって勢いよく走り出した。


「緑川!チェックだ!」

「っ、任せて!」


鬼道の指示を受け、私はハッハッと息をはずませながら、敵のもとへ駆け出す。
おかしいな。後半は始まったばかりだというのに、こんなにも動きが鈍く、胸が苦しい。頭がくらくら、してくる…。


「もう限界なんでしょ。」


ハナンはそんな私を嘲笑うように言った。彼女の足元にあるボールを奪おうと足を伸ばすが、ヒラリと躱されてしまう。それでも負けじと食いついていけば、ハナンは呆れた表情を見せた。


「無理よ。あなたには無理。本気で世界にいける力が自分にあると思ってるの?いい加減、諦めなよ。」

「うる、さい。努力は必ず報われる…!」

「出た、悲劇のヒロインの名台詞。あのねぇ、世の中には努力だけじゃどうにもならないことが沢山あるのよ。……あなたもよくわかってるんでしょ?元宇宙人さん。」

「っ、ぐあ…!」


ドンッと彼女の肩が思い切りぶつかる。後ろに吹き飛ばされた私を見て、彼女は口元に歪んだ笑みを浮かべた。


「宇宙人の中でも下っ端だったあなたが世界になんて行けるはずないでしょ?」


ハナンはそう告げて、私達のゴールの方向へと走っていく。意識が遠のく中で、得点を認めるホイッスル音を聞いたような気がした。

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