監督の意図が読めず、不安なまま迎えた後半戦。鬼道の代わりに虎丸が入ったことによって試合の流れが変わった。
彼は華麗なプレイで、敵のボールを素早く奪い取っていく。そして、一人で何人もの敵を抜き去り、シュートレンジにいる豪炎寺や綱海へとパスを回していった。しかし、なかなか彼らの必殺シュートは決まらない。後半も一進一退。互いに攻め切れず、時間だけが過ぎていく。

「緑川さん!」虎丸から相手の両足の間を潜らせた絶妙なパスを受け取る。私もめげずにシュートを打つも、敵GKの『グレートバリアリーフ』によって容易に止められてしまった。サイドへ流れて角度のないところを狙ってみたんだけど、これもダメらしい。

けど、


「よっしゃ!見えたぜ!!」


綱海はなにかが見えたようだ。
一度は不発に終わってしまった未完成の必殺技。けれど、再び波に乗った綱海は、ボールに強い回転をかけたことでシュートの威力を上げ、ついに敵の『グレートバリアリーフ』を打ち破った。目金が「『ザ・タイフーン』!」とその技に名前を付ける。
わあっと観客席から上がる歓声。よし、これで同点だ。あと1点さえ入れられれば、こちらの勝利が決まる…!

ビッグウェイブスの監督は綱海にこれ以上得点させないように、中盤の選手と交代させ、綱海にマンツーマンのマークをつけた。試合は同点のまま、終盤戦に突入する。
小暮から壁山にパスが回ると、ビッグウェイブスは途端に全員でのマンツーマンディフェンスに切り替えてきた。フリーの仲間が見当たらず、パスが回せない状況にあたふたする壁山だったが、ドリブルでなんとか敵を振り切り、豪炎寺へとボールを繋げる。


そして、豪炎寺の新必殺技『爆熱ストーム』がゴールへと鋭く突き刺さった。

得点板が2対1に切り替わると同時に、試合終了のホイッスルが鳴り響く。…勝った。イナズマジャパンの逆転勝利だ。
「やったー!」と全力で喜ぶ円堂達を見て、私はふっと安堵の溜息をこぼす。途中どうなることかと思ったけど、初戦突破できて本当に良かった…。こちらへと駆け寄ってきたヒロトとハイタッチを交わし、私達は勝利の喜びを分かち合った。





一回戦を勝ち進めば、当然ながら二回戦目が待っている。
オーストラリア戦から二日後、久遠監督の口から次の私達の対戦相手がカタール代表『デザートライオン』に決まったと告げられた。このチームの特徴は疲れ知らずの体力と、当たり負けしない足腰の強さを備えていることらしい。
つまり、彼らと戦うためには基礎体力と身体能力の強化が必要不可欠。監督はこの二つをカタール戦までに徹底的に鍛えるよう、選手達に指示を出した。


(基礎体力と身体能力の強化、か。私がみんなより劣っているものだな…。)


足腰を鍛える特訓として綱海の意見を採用し、とにかく走り込みをすることにしたイナズマジャパンの選手達。
照りつける太陽の下で、ひたすら走り続けて数時間。サッカーをした後の走り込みは思った以上にきつく、「今日の特訓はここまで!」という円堂の言葉を聞いた途端、何人かの選手達は地面に倒れ込んだ。それでも私は走ることをやめない。


「ん?ユウナ、特訓は終わりだぞー!」

「うん。でも、もう少し走りたいんだ。」

「ふーん、そっか!じゃあ、暗くなる前に帰ってこいよー。」

「了解!」


キャプテンから許可をもらい、特訓後も休むことなく走り続ける。そんな私を見て、「緑川さん、すごい体力でヤンス」「厳しい特訓の後によくあんな走れるッスね」と1年達が呟いた。
…違う。私は別に人より体力があるってわけじゃないし、もう足はくたくたで、本当は今すぐにでも休みたいって思ってる。


(でも、しかたない。みんなより努力しないと、私はレギュラーから外されてしまう。この足を止めることは決して許されないんだ…!)


先程までとはコースを変えようと考え、あまり普段は通らない鉄塔近くの小さな公園を走り過ぎようとした。そのときだった。「あの、」と鈴を転がすような声が聞こえて、私はそちらへと振り返る。そこには小麦色の肌をした私と同じくらいの歳の女の子が、ニコニコと可愛らしい笑みを浮かべて立っていた。…誰だろう、見たことのない子だ。
私はその場に立ち止まり、肩で刻むように息をしながら「なにか用?」と尋ねる。すると、女の子は少し照れくさそうにしながら「実は…」と口を開いた。


「迷子に、なっちゃったみたいなの…。駅に行きたいんだけど、ここら辺の道よくわからなくて。あの、もしよかったら道案内してもらえないかな?」

「えっ、あー……うん。いいよ!」


ランニングの途中ではあるけど、困っている人を見捨てるのはよくないよね。私が笑顔で承諾すると、女の子はぱあっと表情を明るくさせ、お礼の言葉を述べた。なんか、素直で可愛い子だなぁ。

駅へと向かいながら、私達は互いに簡単な自己紹介をする。女の子はハナンというらしい。聞けば私と同い歳のようだ。私も名を名乗ると、ハナンは「違ってたらごめんね」と少し自信なさげに尋ねた。


「もしかして、ユウナちゃんってFFIの日本代表選手さん?」

「え?ああ、うん。そうだよ。」

「やっぱり…!着てるジャージを見て、そうかな?って思ってたの。イナズマジャパンの紅一点、緑川ユウナちゃんにこんなところで会えるなんて感激!」


きゃーと嬉しそうに頬を染めるハナンを見て、私は何だかくすぐったい気持ちになる。そんな反応をされると、なんだか芸能人にでもなったようだ。
どうやら、ハナンは大のサッカー好きで、この前の日本対オーストラリア戦も生で観戦してくれていたらしい。あのときのプレイが凄かった、あの必殺技がかっこよかった、と彼女は目をキラキラさせながら語っていた。


「ねえ、ユウナちゃんはいつからサッカーを始めたの?始めたきっかけは?どうやってそんな上手になったの?」

「え、あ、えっと…。」

「あっ、ごめんなさい!私ったらつい、質問ばかりしちゃって…。」
 
「あはは、大丈夫だよ。んー、サッカーを本格的に始めたのは5年くらい前からかなぁ。それまでもお日さま園の子達とはよくサッカーして遊んでたんだけど。」

「お日さま園?」

「あ、お日さま園っていうのは身寄りのない子供達のための施設で、私のお家だよ。」

「……そう、なんだ。」


合宿所に寝泊まりするようになってから会えていない、大好きなお日さま園のみんなのことを思い出しながらそう告げると、どうしてかハナンは顔を悲しげに曇らせる。そして、彼女は酷く同情的な慰めの声で言った。

「かわいそう」と。


「え、」

「ユウナちゃん、かわいそう。親に捨てられちゃったんだ。孤児院で育ったの、そう、きっと窮屈な思いをしたんでしょうね。つらい日々を過ごしたんでしょうね。親からの愛情を注がれずに育ったなんて、とてもかわいそう…。」

「なっ、……いや、別にそんな言うほどかわいそうじゃないよ?施設の子達は血の繋がりこそないけど、本当の兄弟みたいに思ってるし。親だって、」

「親?ああ、あの犯罪者の?」

「っ!」


なにを言ってるんだ、この子は。

気圧されたように息を吸い込む。顔を強張らせた私を見て、ハナンは先程までの悲しげな表情から一転。歪んだ笑みをその頬に浮かべた。



怪しげな少女

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