「おかわりッス!」

「じゃあ、私も!」


壁山に負けていられないとばかりに空の茶碗を差し出せば、「本当によく食べるな…」と向かいに座る風丸が呆気に取られた様子で言った。逆に彼はそんな少ない朝食で、今日の午前練を乗り切れるんだろうか。
彼の食の細さを心配しつつも、私はマネージャーさんに新しくよそってもらった白米を次々と口の中へ放り込んでいく。朝食に時間をかけ過ぎて練習に間に合わない、なーんて事態は絶対に避けたいからね!

そんな私の食べっぷりはかなり目立っていたようで、違うテーブルで食べていた鬼道達も若干引いたような目でこちらを見ていた。


「まさか、緑川があの壁山と張り合えるほどの大食いだったとはな…。」

「一体どこにあれだけの量が入るんだ…。」

「ん?でもよぉ。一緒に旅してたときは、そんなでもなかった気がするけどなー。」

「……んぐ。そりゃ、“居候三杯目にはそっと出し”。さすがにあんな状況じゃ、おかわりしたくてもできなかったんだよ。」


あのときはつらなかったなー、と当時のことを思い出して苦笑を浮かべる。エイリア学園にいた頃、セカンドランクだった私達の食事は基本的にパンとスープ、それから栄養剤くらいしか出してもらえなかったし、イナズマキャラバンに同行しているときは、捕虜のようなものだったから贅沢なんてとても言えなかった。

食べることが大好きな私にとって、そんな生活は本当に本当につらいもので。だからこそ、こんなに美味しいご飯が毎日食べれる今が、とても幸せに感じられるんだよね。
そんなことを軽ーいノリで話したら、同情した風丸が「これも食べるか…?」と自分のおかずを私に勧めてきた。いや、お前はもっと食べたほうがいいと思うよ。なんか、女の私より細い気がするし……って、これ言ったら怒られそうだから言わないけど。

朝食をきれいに平らげた私達は、彼らと共に朝練が行われるグラウンドへと向かった。よーし、しっかり食べたことだし、どんなつらい練習でも乗り越えてみせるぞ!





ちゃぷん、と湯船に浸かる。やっぱり、お風呂は一日の疲れを癒やすのに最適だな。ちなみに、お風呂は男女時間交代制だから、今の時間は私の貸し切り状態である(マネージャーさん達はまだやることがあるらしく、もっと遅くに入るそうだ)。
誰もいない広々としたお風呂で、私は「はあー」と深く息を吐き出す。まだ合宿一日目だけど、すごいハードな練習メニューだった…。そして練習後、久遠監督に言われた言葉を思い出して、私は陰鬱な気分に沈んでいった。


「緑川。日本だけでなく、世界的に見ても女性代表選手は極めて少ない。その理由がわかるか。」

「それは、……女性の身体能力が男性より劣っているから、だと思います。」

「その通りだ。体力においても知力においても女は男に敵わない。お前は技術とスピードを見込まれて、日本代表に抜擢されたわけだが、はっきり言ってお前の全体能力値は代表選手の中で最下位だ。」

「っ、」

「そして、これは他の選手にも言えることだが、結果が残せなければ容赦なく代表の座から降りてもらう。その覚悟はしておけ。」

「……はい。」


「…………『女は男に敵わない』、かぁ。」


頬杖をつきながら、ポツリと呟く。久遠監督の言うことは尤もだと思った。女性の能力値が男性より劣っていることなど公然たる事実。あの玲名や財前達だって落ちたんだ。私が日本代表に選ばれたことはもはや奇跡に近いのだろう。


(日本代表として生き残るためにも、私はみんなより何倍も努力しないと…。)


ああ、不安やプレッシャーで押し潰されそうだ。私はそんな暗い気持ちを洗い落とすつもりで、顔にビシャビシャとお湯をかけた。……よし!もう、くよくよタイムはおしまいだ!


「“蟻の思いも天に届く”っていうし、明日からまた練習頑張ろう。それで、今日よりもっともっと努力して、必ずみんなに追いついてみせるぞ!」


おー!と一人だが気合を入れて、拳を天へと突きつける。そうして、湯船から出た私は、ぱぱっと寝間着に着替え、お風呂場を後にした。

と言っても、まだ寝るには早い時間だったので、なんとなしに食堂へと向かってみれば、そこには円堂達が集まって何やら真剣そうな顔で話し合っていた。一体どうしたんだろう。
首を横に傾げていると、私の存在にいち早く気づいたヒロトに「ユウナ、」と名前を呼ばれた。私はへらっと笑いながら、どこか暗い空気が漂う食堂へと足を踏み入れる。


「やあ皆さんお揃いで、一体なんの話してんの?」

「……あー。久遠監督のことで、ちょっとな。」

「?」

「その前にユウナ、お前また髪の毛ちゃんと乾かさないで来ただろ。」

「げっ、」

「“げっ”じゃないよ、全く…。ほら、ドライヤーしてあげるから、ここに持っておいで。」

「……はーい。」


ヒロトにそう言われ、私は渋々ドライヤーを取りに戻る。ヒロトは意外とこういうとこ、うるさいんだよなぁ。髪なんてほっとけば、そのうち乾くっていうのに。
持ってきたドライヤーを差し出して、彼の前の椅子に大人しく腰かければ、ヒロトは慣れた様子で私の髪を乾かしていく。ちょうどよい温風に、眠くなるくらい優しい手つき。フワフワして、いい気分だ。
自分で髪を乾かすのはめんどくさいけど、人にやってもらうのは結構好きなんだよねー。その間、風丸達が死んだような目でこちらを見ていたんだけど、理由はわからなかった。

そして、完全に髪を乾かし終えた後、漸くヒロトは先程みんなが話していた内容を私にも教えてくれた。久遠監督の言動は目に余るものがあり、彼らは未だ監督を信じきれていないのだと。……うーん、その気持ちはわからなくもないけどね。
「緑川は久遠監督をどう思う」という鬼道の問いに、私は「確証はないけど、」と自分の考えを口にした。


「普通に良い監督だと思うよ?確かに言い方はきついけど、思ったことをハッキリ言ってくれるのはありがたいし、何も間違ったことは言ってないしさ。それに、ああいう厳しい指導者の方が私達も身が引き締まって良いじゃん。」

「「「……。」」」


私の返答を聞いたヒロトは一瞬キョトンとした後、口元に薄笑いを見せながら言った。「円堂くんと同じようなこと言うんだね」と。周りの男子達も苦笑を浮かべている。
?よくわからないけど、私が今言ったことは既に円堂が発言した内容と被っていたらしい。チラッと円堂に視線を向けると、彼は「やっぱ、お前もそう思うよな!」と仲間がいた喜びを全面に表していた。うん、嬉しそうで何よりだ。


円堂と緑川がそう言うなら……、とその場にいた者達は一旦監督を信じてみることにしたらしい。

しかし、それでも謎に包まれた久遠監督を怪しむ者や、指導者として納得のいかない者は、私達代表メンバーの中に何人かいるようで。
選手同士の間でギスギスしたり、壁山が練習をボイコットしたり、不動が場の空気を悪くしたりと(これは監督関係ないけど)、暫く不穏な雰囲気が続いた。


そして、


「の、『呪われた監督』?」


音無と目金がどこからかゲットしてきた情報により、選手達の間で監督に対する疑念がさらに高まっていった。



期待以上に募る不安

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