「父さん、逃げるんだ!早く!」


血相を変えたヒロトが、お父さんを立ち上がらせようと必死に声を上げる。しかし、お父さんは座ったまま、決してそこから動こうとはしなかった。
天井がどんどん崩れていく。地響きがする中、お父さんはとても落ち着いた声で言った。
「私はここでエイリア石の最後を見届ける。それが、お前達に対するせめてもの償いだ」と。


「っなんだよ、それ…!ふざけるな!」

「ユウナ、」


ヒロトとお父さんの目が私へと向けられる。漸く二人のもとへ辿り着いた私は肩で息をしながらも、このわからずやな父親に一喝した。


「死んで償う?そんなの、ただの自己満足だ!そんなことをしたってお日さま園のみんなは喜ばないし、誰も救われない。
お父さんが本当に償いたいと思っているのなら、それこそ自分が犯した罪の意識を背負って、何年も…、何十年も生き続けてよ…!」

「!」


ポタポタと落ちた雫が地面に染みを作っていく。お父さんがどんな思いで、この決断をしたかなんて、そんなの知ったこっちゃない。

私はただ、お父さんには生きていてほしかった。

確かにお父さんは野望を抱き、子供達を巻き込み、多くの人々を苦しめた。それは決して許されないことかもしれない。……でも、それでも、身寄りのない私達を我が子のように愛してくれたこの人は、私にとっても大事なお父さんにかわりないのだから。


「っ、お願い。私達から大事な人を奪わないで……お父さん…!」

「ジュピター…。」


お父さんの、私の名を呼ぶその声が哀しげに震える。ヒロトはヒックヒックと泣きいる私の手を取ると、もう片方の空いている手をお父さんに差し出した。


「行こう、父さん。」

「……こんな酷いことをした私を、お前達は許してくれるというのか。」


私とヒロトが大きく首を縦に振る。感慨に打たれた様子のお父さんは、目に涙を浮かべながら静かにお礼を告げると、差し伸べられたその手に自分の手をしっかりと重ねた。

それから、星の使徒研究施設はあっという間に崩壊した。イナズマキャラバンに乗り、何とか脱出できた私達は少し離れた場所から、ずっと自分達を苦しめてきたエイリア学園の最後を見届ける。
何度も聞こえる爆発音。建物のいろいろな箇所から立ち昇る黒い煙。そのあまりにも現実味のない目の前の光景に、私は夢でも見ているような感覚に陥った。けれど、これは現実である。
「やっと終わったんだな」そんな誰かの呟きを聞きながら、私は静かに瞼を下ろした。


お父さんは、その後やってきた警察に取り押さえられた。連行されていくお父さんの寂しげな背中を、瞳子姉さんやお日さま園の子供達は悲愴な面持ちで見つめる。そんな中、ヒロトは涙ぐみながらお父さんを呼びとめた。


「俺、待ってるから…!父さんが帰ってくるまで、ずっと待ってるから!」

「ヒロト…。」


ヒロトの健気なその言葉に、お父さんは一筋の涙を流した。もちろん、これが一生の別れというわけではない。けれど、これから暫くはお父さんに会うことだって難しくなるだろう。そう思うと、底しれぬ寂しさが心にのしかかってくる。
……ちゃんとお別れをしないと。咄嗟に開いた口からこぼれたのは、私が宇宙人を装って使い始めたあの台詞だった。


「……地球にはこんな言葉がある。」


みんなの視線が私へと集まる。もう口癖みたいになっているその言葉に、私はフッと笑みを浮かべた。そして、赤くなった目を真っ直ぐお父さんに向け、私はとても穏やかな口調で言った。


「“罪を憎んで人を憎まず”。さっきはあんなこと言っちゃったけど、私達は誰もお父さんのことを憎んでないよ。だからさ…安心して帰ってきてよね、お父さん。」

「……っ、ジュピター。お前は本当に、いろんな言葉を知っていますね。」

「あはは、それはお父さんのおかげだよ!昔、お父さんが買ってきてくれた『楽しい格言集』、嬉しくて私、何度も何度も読み返したんだから。」


崩壊した建物の中に置いてきてしまったため、もうそれを読み返すことはできないけれど、大丈夫。その全ては私の記憶にあるのだから。ふふんと得意げにそう言えば、お父さんはあの頃を懐かしむように目を細め、器用に泣きながら微笑んだ。
そして、お父さんはパトカーに乗り込むと、お日さま園のみんなに見届けられながら、静かにこの場を去っていった。


「さあ、キミたちも行こう。」


鬼瓦刑事に促され、ジェネシスのみんなは歩き出す。どうやら、ジェミニストームのみんなは先にあの場から避難していたらしい。鬼瓦刑事から全員無事であることを聞き、私はほっと胸を撫で下ろした。彼らにはたくさん助けてもらったし、後でちゃんとお礼を言わなきゃね。
ジェミニストームのみんなは今、別の場所でイプシロンの子供達と一緒に警察に保護されているらしく、私達もこれからそちらへ向かうそうだ。……つまり、ここで雷門のみんなともお別れである。

私は雷門のみんなの方へ向き直り、心から感謝の言葉を彼らに伝えた。


「今までありがとう。雷門のみんなのおかげで、私は変わることができたし、大切な宝物も取り戻すことができた。本当にお前達には感謝してるよ。」

「だったら、今度は『みんなと楽しくサッカー』だな!」


円堂のその言葉に、私は数回瞬きしてから、クスッと笑う。そして、「次は負けないよ」と挑戦的な笑みを浮かべて言った。
続いて、瞳子姉さんも雷門のみんなと言葉をかわす。監督のやり方に不満を感じたり、時には衝突したこともあったけれど、最後には良い信頼関係を築き上げた瞳子姉さんと雷門イレブン達。名残惜しさを感じつつも、瞳子姉さんは彼女らしく凛とした表情で、彼らに別れを告げた。


「さあ、行きましょう。」


瞳子姉さんは前を向いたまま、私とヒロトに手を差し出す。どうやら手を繋いでくれるらしい。無愛想な彼女のわかりづらい優しさに自然と笑みが溢れる。私達は暫し瞳子姉さんを見つめた後、その暖かい手を握った。



さよなら、またね



去り際、半身振り向いたヒロトが不安げに尋ねる。


「円堂くん、また会えるよね…?」

「ああ、もちろんさ!サッカーさえ続けていれば、また会える。」

「……うん。」


サッカーが私達をまた巡り合わせる、そんな円堂らしい返答に、ヒロトは嬉しそうな笑みを浮かべた。


こうして、私達の長く悲しい戦いはようやく幕を閉じたのだった。

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