「パンドラ、どうして…、」
「俺が呼んだんだ。」
盆に2人分のお茶を乗せ、部屋の中へと運んできたパンドラは、静かな動作で私達の前にお茶を置く。そして、「キミも座りなよ」と言ってグランが差し出したその座布団に、彼女は大人しく腰を下ろした。
私は隠すこともせず、じっと彼女を見つめる。ジェミニストームのメンバーに会うのは、私達が雷門イレブンに敗北し、エイリア学園を追放されたあの日以来であった。
私は追放された後、彼らがどうなったのかを知らない。なにか酷いことをさせられてはいないか、苦しい思いをしていないかと、ずっと心配していたから、前と特に変わった様子のないパンドラを見て、私は少しだけ安堵した。
他の皆はどうしているんだろうか。彼女と話がしたいと思った。でも、その前にーーー
「パンドラに会えて嬉しいかい、ジュピター。」
グランに視線を移す。彼はまるで全てわかっているとばかりに自信のある笑みを見せた。
「ここにいれば、他の子達にも会わせてあげられる。ディアムとか、リーム達にも会いたいだろ?ジュピターが望むのなら、俺がここに連れてきてあげるよ。」
「……。」
「もう誰かを傷つけたり、苦しんだりしなくていい。ジェネシス計画を手伝う必要もない。俺、父さんに頼んだんだ。ジュピターをもう一度エイリア学園に入れてほしい。けど、ジェネシス計画とは無関係でいさせてあげてって。」
「……どうして、」
「ジュピターの笑顔が見たいからだよ。」
私の頬に手を添え、グランは優しく微笑んだ。まさか、お利口さんの彼が父さんにそんな頼みごとをしていたなんて、と目を丸くする。どうやら、彼はそこまでしてでも私の笑顔が見たいらしい。
正直、私のことを想い、私のためにここまで尽くしてくれるグランに、嬉しいと思わないはずがなかった。私だってグランのことが大切だし、ずっと一緒にいたいと思う。ここで彼とお日さま園の思い出話に花を咲かせたい気持ちもあるし、みんなにだって勿論会いたい。
……けど、違うんだ。私の一番の望みはここに居ることじゃない。グランには本当に申し訳ないけど、いつまでもここに居るわけにはいかないんだ。
私はその翡翠色の瞳を真っ直ぐ見つめ返す。そして、朗々とした口調で、切実な思いを彼に伝えた。
「確かにあの日、私はもうあんな酷いことをさせないで、とお前に言った。でも、違うんだよ……。私やジェミニストームのみんなだけじゃない、」
「?」
「私は…!グランにだって、あんな酷いことさせたくないんだっ!」
「っ、」
グランの目が大きく見開かれた。
そのときだ。コンコンと扉をノックする音が部屋に響く。三人の視線が扉へと向けられると、部屋の外から「グラン」と彼の名を呼ぶ、女の声が聞こえた。この声はきっとウルビダのものだろう。グランは「っ、なんだい?」と少し戸惑ったように返事した。
「そろそろ時間だ。他の奴らはもう既に向かっている。」
「……わかった、俺もすぐ行くよ。」
グランが立ち上がる。そして、呆然としている私に「ごめん。また、後でお茶しよう」と言い残し、彼は急ぎ足で部屋から出ていってしまった。
部屋に沈黙が訪れる。ちらっとパンドラに視線を向ければ、彼女も私を見ていたため、ばっちり目が合ってしまった。私は少し気まずげに口を開いた。
「……久しぶりだね、パンドラ。ええっと……元気だった?あれから、なにか酷い目にあったりしてない?」
「……はい。行動は制限されていますが、特に苦痛なことを強いられたりはしていません。ジェミニストームのメンバー全員、変わらず元気にしてますよ。」
「!そうか、良かった…。」
パンドラの言葉を聞き、ほっと胸を撫で下ろす。あんな強引に誘拐されて気分は最悪だったけれど、ジェミニストームのみんなが元気であることを知れた。それだけで、もう十分だと思った。
(……そうだ。パンドラ達にはずっと謝りたかったことがあるんだ。)
私は背筋を伸ばし、彼女に深々と頭を下げた。
「その、ごめんなさい……!もう知ってるかもしれないけど……私、雷門イレブンの仲間になったんだ。エイリア学園を倒すために、私はジェミニストームのみんなを裏切ってしまった。本当に、お前達には申し訳ないことをしたと思ってる…。」
「……。」
「でも、やっぱり私は、昔の、……お日さま園にいた頃のみんなが大好きだから。この選択に後悔はしてないんだ。……こんな勝手なキャプテンですまない。」
「……謝らないでください。私達、わかってましたから。ジュピター様はいつかエイリア学園と戦うことを選ぶだろうって。」
「えっ、」
驚く私を見て、パンドラはクスリと笑う。そして、穏やかな声で彼女は言った。
「ジュピター様はご自身が考えていらっしゃるより、ずっと強い人間ですよ。ディアムも言ってました。なんだかんだ悩みつつも結局は悪事を見過ごせない人だって。……だから、そんなときが来たら、私達はジュピター様のサポートに回ろうって、みんなと決めていたんです。」
「えっ!な、なんで…、」
「キャプテンの意志は、我々ジェミニストームの意志ですから。」
「ーーっ、」
パンドラのその言葉に胸がじーんと熱くなる。まさか、ジェミニストームのみんながそんなことを話し合っていたなんて…!少し涙ぐみながらお礼を言えば、パンドラはニコッと微笑み、私に手を差し伸べた。
「早くここから脱出しましょう。」私は迷わずその手を取り、立ち上がる。すると、彼女は真剣な表情で現在の状況を説明してくれた。
「ここは富士山麓にある星の使徒研究施設の一室です。部屋の外には見張りの男が二人いました。……そして、これは偶然先ほど耳にした情報なのですが、どうやら雷門イレブンがこの研究所に来ているみたいなんです。」
「っ!雷門イレブンが…!?」
「はい。恐らく、ここでエイリア学園と雷門イレブンの最後の試合が行われるのかと。」
「…大変だ。早くこの部屋から出ないと!」
しかし、この研究所はセキュリティが高いため、考えなしに飛び出すのはとても危険である。それに、まずは部屋の外にいる見張りをどうにかしなければならない。一体どうすればいいんだ…!
必死に脱出方法を考えていると、パンドラが胸元に手を当て、「私に任せてください」と含みのある笑みを浮かべた。
頼もしい仲間達
「っ、おい!逃げたぞ…!」
「捕まえろ!!」
「……。」
私のパーカーを着用し、そのフードをしっかりと被ったパンドラは、見張りの男二人を連れて、長い廊下を駆け抜けていく。ジェミニストームはスピードに自信のある子が多いが、彼女もその内の一人だったことを思い出した。
辺りに人の気配が消えたことを確認した私は、そっと部屋を抜け出し、彼らが消えていった方とは真逆の方向へ走り出す。向かう先は勿論、雷門イレブンとザ・ジェネシスが戦っているはずの星の使徒グラウンドだ。
ジジッ……ジジッ……
『侵入者アリ。排除シマス。』
「っ、しまった!」
角を曲がれば、その先にいたのは吉良財閥が保有している警備ロボットだった。それも一体じゃない。十体以上いるロボットを前に、私は顔を引きつらせる。ここを通らなければ、グラウンドへは行けないというのに、これでは先に進めないじゃないか!
警備ロボット達が、私に向かって一斉にボールを蹴り上げる。私はギュッと目を瞑り、これからくるであろう衝撃に備えた。
そのとき、
「『ブラックホール』!!!」
「!?」
突然聞こえてきた覚えのある声。そして、そのよく知る技名に私はハッとする。まさか!と目を開けば予想通り、ジェミニストームのGKゴルレオの背中がそこにあった。
「ご、ゴルレオ!?どうして…」
「こんなところで何してるんだよ、キャプテン。」
「っ、ディアム!皆も…!」
次々と現れたジェミニストームのメンバー達に、私は目を大きく見開いた。パンドラの話じゃ、彼らは今、行動を制限されているのではなかったか。飛んできたボールを、精密なコントロールでロボットに蹴り返しながら彼らは言った。
「不甲斐ないキャプテンをサポートしにきたんですよ!」
「ここは我々におまかせください。」
「雷門イレブンとジェネシスの試合は既に始まってます。さあ、急いで…!」
「……皆、ありがとう。」
なんて、頼もしい仲間達なんだ。私は感動のあまり声を震わせながら、ジェミニストームのみんなにお礼を述べる。すると、フッと笑みを浮かべたディアムに「早く行け」と背中を押され、私は迷うことなく駆け出した。
みんなが足止めしてくれているロボット達の隙間をすり抜けて、その先にあった階段を全力で駆け上がる。星の使徒グラウンドはもうすぐだ。
(協力してくれたみんなのためにも、絶対にジェネシスに勝ってみせる…!)
決意を新たにした私は、登りきった階段の先に見えた大きな扉に手を伸ばした。
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