「ヒロト、お前一体なにしに…。」
「やあ、円堂くん。悪いけど、今日はキミに用があって来たわけじゃないんだ。」
フィールド上に降り立ったグランは、バーンとガゼルに視線を移すと、怒気が混じった口調で言った。「なに勝手なことをしている」と。
すると、酷く苛立った様子のバーンが、グランを指差し声を上げた。
「俺は認めない。お前がジェネシスに選ばれたことなど…!」
「我々は証明してみせる。雷門を倒して、誰がジェネシスに相応しいのか!」
バーンに続き、普段は冷静沈着なガゼルまでもがグランに盾突き、その憤懣を彼にぶつける。カオスの選手達全員から睨まれてもなお怯むことなく、グランは冷ややかな声色で言った。
「往生際が悪いな。」
グランの蹴ったエイリアボールが白い光を放ち、カオスを一瞬で包み込む。そして、私達がその眩しさから解放されたときにはもう、カオスの姿はグラウンドから消えてしまっていた。そこに残ったのはグランと雷門イレブンのみである。
警戒する雷門イレブンに、グランはニコッと先程までとは違う友好的な笑みをこぼす。そして、辺りを見渡し、少し離れた位置に立つ私に気がつくと、その表情をぱっと明るくさせた。
激しく心臓が鼓舞し始める。ゆっくり近づいてくるグランに恐怖を感じ、私はうわずった声を上げた。
「っ、な、なんだよ…。」
「ジュピター、どうして逃げるんだい。」
グランがこちらに来る分だけ、じりじりと後ずされば、彼は困ったようにそう言った。どうして、だなんてこっちが聞きたい。バーン達に向けていたものとは全く違う、柔和な切れ長の目。裏切り者である私に、彼はどうしてそんな目を向けられるんだろうか。
戸惑う私に、「今日はキミにも用があって来たんだよ」とグランは言った。
「わ、私に…?」
「うん。ほら、前に言っただろ?キミが望むものは、俺が叶えてあげるって。遅くなっちゃったけど、やっと許可を貰うことができたんだ。」
「……私が望むもの?許可って一体なんの、」
「ああ、嬉しいな。これでもう離れ離れにならずにすむ。さあ、一緒に帰ろう。俺達の“エイリア学園”に。」
「っ!」
差し伸べられた右手を、私はパチンッと叩き落とす。すると、目を丸くしたグランが忽ちその顔を悲しげに歪ませた。かわいそうだと思う……けど、それでも私の覚悟は揺らがなかった。
彼の目を真っ直ぐ見つめて、私は言った。
「エイリア学園は私の帰る場所じゃない。それに悪いけど、私は雷門の皆とエイリア学園を倒すって決めたから、グランと一緒にはいられない。」
「……そんな寂しいこと、言わないでよ。」
グランは唇を噛み、それから消えそうな声で「俺はキミの傍にいたいんだ」と呟いた。
ーーそのときだ。背後に何者かの気配を感じ、私は慌てて後ろを振り向こうとする。しかし、それより先にハンカチのような物で口を塞がれてしまった。「んんっ!?」とくぐもった声が漏れる。
私はハンカチを抑えるその腕を外そうと必死にもがいたが、すぐさま襲ってきた強烈な睡魔に、その抵抗する力さえも失ってしまう。
ああ、駄目だ。このままじゃ、私は……
円堂の「ユウナ!」と叫ぶ声を最後に聞き、私は完全に意識を失ってしまった。
一緒にいたい、いられない
目を覚ましたら、そこはどこかの部屋だった。
真っ白で何もない部屋ーーではなく、テーブルや本棚、おもちゃ箱など色々な物が置かれている和室の部屋。そのどれもが見覚えのある物ばかりで、私は困惑した表情を浮かべながら布団を抜け出した。
窓はない。ドアは2つあって、片方のドアはトイレや風呂へと繋がっている。もう片方のドアは鍵がかかっているため開けられない。どうやら、私はこの部屋に閉じ込められてしまっているようだった。でも、一体なぜ。
「……確か、カオスとの試合の最中にグランが現れて………そうだ。眠らされたんだっけ。」
まるで誘拐みたいなことをしてくれるじゃないか、と頭を抱える。主犯は間違いなくグランだ。彼は一緒にエイリア学園へ帰ろうと言っていた。つまり、ここはエイリア学園が管理している建物の一室なのだろう。
キョロキョロと辺りを見渡せば、やはり覚えのある物が目につく。私は「懐かしい」と思わず呟いた。
本棚には、お日さま園の皆で回し読みした絵本や図鑑、漫画などが並べられている。父さんから貰った『楽しい格言集』もそこにあった。それから、棚の上には幼い頃の写真がいくつか飾られており、棚の隣のおもちゃ箱には昔よく遊んだおもちゃが丁寧に仕舞われていた。
使い古されたそれらには、それだけ沢山の思い出が詰まっていて、ぐっと胸に込み上げてくるものがある。
(ーーやっぱり、あの頃に戻りたい。)
棚の上の写真立てを手に取る。この写真は皆でキャンプに行ったときのものだ。川遊びをしたのだろう、男子の大半がびしょ濡れになっていて、私の隣りでピースをしているヒロトも頭にタオルを乗せていた。
そういえば、この日の夜に見えた流れ星に私は何を願ったんだっけ。写真をじっと見つめていると、扉のドアノブがガチャッと回った。
「!」
「あれ、目覚めてたんだ。」
扉を開けたグランは、私と目を合わせると、忽ち嬉しそうな笑みを見せた。そして、「大丈夫?具合悪くない?」と心配そうに近づいてくる。強引な手を使って、ここまで連れてきたのはお前だろ。
私は警戒心を顕にし、グランをキッと睨みつける。すると、彼は眉を八の字に、また困ったような笑みを浮かべた。
「そんな怖い顔しないでよ。無理やり連れてきたことは謝るからさ。」
「……私を雷門の皆がいる場所へ帰してくれたら考える。」
「それはダメ。」
「………。」
一刀両断されてしまった。一体なぜ、彼はそこまで私に執着するのだろうか。他の子供達のように私も切り捨てればいいのに。きっとお父さんだって、そうするよう命じただろうに。わけがわからない。
グランは私の手元へ視線をやり、「ああ。その写真懐かしいよね」と話を変えるように言った。
「覚えてる?山に行って皆でカブトムシ捕まえたり、バーベキューとか、キャンプファイヤーとかもしたよね。」
「……勿論、覚えてる。グラン達がびしょ濡れになって、大人達に怒られていたことも。」
「あはは。そういえば、そんなこともあったね。」
クスクス笑ったグランは部屋中を見渡して言った。
「この部屋はジュピターのために作ったんだよ。」
「私の、ために…?」
「うん。ジュピターはお日さま園の皆のことが大好きだっただろう?だから、まだ残っていたお日さま園の思い出の品、できる限りここに集めてみたんだ。…どう?気に入ってくれた?」
目を見開き、言葉を失っている私に、グランは満足気な様子だった。「とりあえず、座ろうか」と座布団を差し出す。その座布団も見慣れたもので、私は苦虫を噛み潰したような顔で、そこへ腰を下ろした。
「うーん、そろそろお茶を持ってきてくれる頃だと思うんだけど。」
「……ねえ、グラン。」
「ん?」
グランは、私の望みを叶えてあげると言っていた。これが私の望みであると彼が考えているのであれば、その間違いを否定しなくては。
ひっきりなしに笑みを浮かべ、普段よりどこかテンションの高いグランを前に、私は戸惑いつつも口を開く。しかし、部屋のドアがまた開いたことで、話すタイミングを逃してしまった。
グランが「ああ、待ってたよ」と、私の後ろに視線を投げる。ドアの方へと振り返った私は、ドアを開けた人物を視界に入れ、その目を大きく見開いた。
「っ、パンドラ…?」
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