「私を仲間に入れてくれ。」


そう言って頭を下げた私に、周囲がざわめく。元エイリア学園の私が、その敵対関係にある雷門側につきたいと言いだしたのだ。皆が困惑するのも当然だろう。
急に手の平を返して、随分と勝手な奴だといわれるかもしれない。けど、今変わらなくちゃ絶対に後悔すると、そう思ったから。私は頭を下げ続けた。

戸惑いを見せる者や疑念を抱く者もいる中で、一番始めに口を開いたのは意外にも豪炎寺修也だった。
彼は私に尋ねた。「覚悟はできたのか?」と。私は顔を上げ、真剣な彼の黒い瞳をしっかり見つめ返す。そして、「ああ」と首を大きく縦に振った。


「壊れてしまった宝物があるんだ。私は、それがもう元には戻らないものだと勝手に決めつけていた。……けど、円堂守に言われて考え直したんだ。」


「その壊れた宝物ってさ。もう二度となおせないものなのか?」

「まだ少しでも可能性が残ってるんだとしたら、後悔するのはまだ早いんじゃないかな。」


「そんなんじゃお前、また後悔することになるぞ!?」


「……まだ少しでも可能性があるのだとしたら、私はその可能性にかけたい。なによりも大切な宝物なんだ!もう絶対に諦めたりしない…!」

「ジュピター…。」

「だから、決めた。私もエイリア学園と戦う。エイリア学園を倒して、宝物を取り戻す。そして、またみんなと楽しくサッカーをやるんだ!」

「「「「!」」」」


その言葉に、息をのむ雷門イレブン達。鬼道と豪炎寺の二人は目を合わせ、コクリと頷き合った。雷門イレブン達はその『宝物』が何のことか、わからないだろう。私も今のところ、それを彼らに話す気はない。
けれど、エイリア学園を倒す目的は共通していることを知っておいてもらいたかった。そして、私にエイリア学園と戦う意志があることを、はっきりと伝えたかった。

「よく言った!」と円堂守が満面の笑みを浮かべる。私はコクリと頷くと、彼に背を向けた。彼に背を向けるということは即ち、雷門のゴールを守るということだ。
元エイリア学園の私が、彼らから信頼を得るには、きっと長い時間と相当な努力が必要になるだろう。それでも、私はもう絶対に諦めたりなんかしない。

世宇子中のキャプテンのように、私も自分のプレイで彼らに認めてもらうんだ。


「……へえ。まさか、本当に寝返るとはな。それがどういうことかわかっているのか、ジュピター。」


ガゼル様の……いや、ガゼルの嘲りを含んだ声が、辺りの空気を急激に冷やす。今までの私なら間違いなく怯えていただろうけど、こんなところで臆病になってちゃ駄目だ、と自分に活を入れる。
「ジュピターじゃないよ。」彼から目を逸らさず、私は口を開いた。


「私の名前は、緑川ユウナだ。」


久しぶりに名乗った本名。その声はガゼルだけでなく、きっとグランやバーンのところまで届いたはずだ。ああ、失望されたかもしれない。嫌われてしまったかもしれない。
けれど、思っていたよりも不安や後悔の念はなくて。むしろ、ずっと苦しめていたものから解放されて、ずいぶんと呼吸が楽になったように思えた。

これで、私はもう宇宙人ではない。人間なんだって、そうしっかり断言できる。清々しい気持ちで、私は被っていたパーカーのフードを脱いだ。試合はまだ終わっていないのだ。


刻一刻とタイムアップが迫っている中、決勝点は取らせまいとダイヤモンドダストが豪炎寺とアフロディを徹底的にマークする。パスは全て彼らにカットされ、両方ともなかなか点を決められない。

あと一点でも取れれば必ず勝てる。それならば、と円堂と鬼道が視線を合わせた。鬼道がリオーネから逸早くボールを奪うと、一之瀬にパスをまわす。それに合わせ、土門と、円堂までもがゴールから離れ、彼の元へと走り出した。


「んなっ、ゴールはどうする…!?」


私の焦り声は彼らに届かない。GKがいなくなった今、ゴールはガラ空きだ。シュートを決められたらおしまいじゃないか、と私は冷や汗を浮かべる。一体なにを考えているんだ。

やがて、ボールをキープしながら、円堂達が来るのを待っていた一之瀬に、クララの必殺技『フローズンスティール』が決まってしまう。これはまずい。「こっちだ!」と叫ぶガゼルに向かって、クララはすぐさまボールを蹴りあげた。


「させない…!!」


ガゼルにボールがまわれば、こちらの失点を免れ得ない。私は全力で走り、滑り込むように彼らのパスをカットした。その勢いでボールはフィールド外へと飛ばされる。ふう、危なかった、と私は額の汗を拭った。


「サンキュー、ジュピター!」


ゴールへ戻りながら礼を言う円堂に、「緑川ユウナだ!」と私は目角を立てながら、名前の間違いを指摘する。
それから立ち上がり、服に付いた土を簡単に払っていると、近くにいた鬼道のもとへアフロディが駆け寄り、深刻な顔つきで話し始めた。


「連携技は円堂くんがゴールエリアから離れすぎる。あまりにも危険だよ。」

「わかっている。しかし、時間がないんだ。時には危険を背負わなけらばならない時もある。」

「……円堂くんが攻撃に加われるからこそ、大きな落とし穴だね。」

「……。」


二人の会話を聞きながら、私は静かに視線をダイヤモンドダストのゴールへと向けた。私にもっと力があれば、雷門を勝利に導く大きな一点を奪うことができたかもしれないのに。ギュッと拳を強く握る。己の無力さが悔しかった。

試合が再開される。残り時間はもう僅かだ。きっと、これが最後の攻撃になるだろう。鬼道にボールがわたると、円堂と豪炎寺が彼のもとへ走り出した。
彼らが『イナズマブレイク』を打とうとしたそのとき、突然前へと飛び出してきたアイシーが彼らからボールを奪い取る。円堂のいないゴールはまたもガラ空きの状態だった。


「円堂くん戻れ!早く!」

「ここは行かせない!」


アフロディと私がアイシーの前に立ち塞がる。しかし、アイシーのパスはガゼルへと通ってしまった。


「思い知れ、凍てつく闇の恐怖を!」


円堂が急いでゴールへ戻ろうとする中、ガゼルの必殺技『ノーザンインパクト』が発動する。方向転換した円堂が『正義の鉄拳』でそのシュートを止めようとしたが、その前に鬼道が叫んだ。


「ペナルティエリア外だぞ!ハンドになる!」

「っ!」


その言葉にハッとした円堂は、伸ばしていた拳を戻し、そしてーー




「うそ、ヘッドで守っちゃった…。」


誰もが唖然もした様子で、円堂とボールを見つめる。信じられないことに、あのガゼルの『ノーザンインパクト』を彼はヘッドで弾き返してしまったのだ。もしや、これは新しい必殺技なんだろうか。しかし、当の本人も訳がわからないといった様子でボールを見つめていた。

そこでホイッスルが鳴り響く。勝てはしなかったが、ダイヤモンドダストとの試合は同点のまま終了した。





「そこまでだよ、ガゼル。」


突然の第三者の声にビクッと肩を揺らす。声の聞こえた方へと振り向けば、そこには予想通り、グランとバーンが立っていた。
途端、まるで不安に突かれるようにズキズキと痛みだす心。竦む足。しかし、もう逃げないと決めた私は、決して視線をそらさず、真っ直ぐ彼を見つめる。
グランは相変わらず余裕の笑みを浮かべながら、むっとした顔の円堂に話しかけた。


「見せてもらったよ、円堂くん。短い間によくここまで強くなったね。」

「エイリア学園を倒すためなら、俺たちはどこまだって強くなってみせる…!」

「いいね、俺も見てみたいな。史上最強のチームを。」

「……本当に思っているのか?」


円堂のその言葉には何も返さず、グランは視線を私へとうつした。ゴクリ、と唾を飲み込む。

今回の試合で雷門に寝返った私は、エイリア学園にとって本当の裏切り者となったわけだけど、グランはどう思っているんだろうか。どうしてか昔から私に特別あまい彼は、ジェミニストームが雷門に敗北したときすらも、その優しさを変えはしなかった。でも、やっぱり今回こそは……、


「ジュピター。」

「っ、その名前で呼ばないで。私はもうジュピターじゃない。私の名前は緑川ユウナだよ…!」

「……残念だな。まさか、キミがエイリア学園を裏切るなんて。」


私が敵意を含んだ目を彼に向けると、グランは本当に残念そうな表情を浮かべた。それから、ふうと息を吐いて、「でも、わかるよ。ジュピターのその気持ち」と目を細めて言った。


「円堂くんにはどこか惹かれるものがあるよね。きっと仲間にしたら、すごくおもしろそうだ。」

「……グランはやっぱり私の気持ち、全然わかってないね。」

「え?」


ポツリ、と小さく溢した言葉が聞こえたのか、グランは目を丸くする。私は悲しげに微笑むと、彼の目を見つめながら、拒絶するように言った。



「私はもう宇宙人じゃない。」



「“義を見てせざるは勇無きなり”だ。もう私は逃げたりしないし、迷いもしない。雷門の皆と一緒に、必ずエイリア学園を倒してみせる。

……だから、それまで私達は敵同士だよ、ヒロト。」


久しぶりに呼んだ大好きな名前は、とても悲しい響きを持って、虚空へと消えていった。

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