お父さんの命令より、奈良シカTVを通じて世界中に宣戦布告をした私達ジェミニストームは、立ち去り際に駆け付けた雷門中サッカー部から再び試合を申し込まれた。
あんな酷い目にあったというのに、彼らに懲りた様子は全く見受けられない。どうして、この子達はこうも諦めが悪いんだろうか。
思わず頭を抱えたくなったが、今の私は冷淡で非道な宇宙人なのだ。ここで素を見せるわけにはいかない。

私は表情を殺し、如何にも宇宙人らしい物言いで彼らの再戦を受け入れた。


「ジュピターサマ。」

「なんだ、グリンコ。」

「アチラノベンチヲ…。」

「?」


試合が始まる前、私の傍までやってきたグリンコは、何か言いたげに雷門側のベンチを指差した。
一体何があるというのか。訝し気にそちらへ視線を投げた私は、そこに座っていた意外な人物に目を大きく見開かせた。


「……瞳子、姉さん。」


どうして、あなたがそこにいるの?

確かグラン様から聞いた話では、瞳子姉さんはお父さんと決別し、家を出て行ったきり行方不明だったはず。その瞳子姉さんが今、雷門中サッカー部と共にいると言うことは、つまり…そういうことなのか。ゴクリと固唾を呑む。

瞳子姉さんは私達エイリア学園と戦うつもり、なんだろうか。


私の視線に気づいたのか、瞳子姉さんが此方を振り返る。そして、その視線がかち合うと、彼女は僅かに目を見開いた。
ああ、本当に瞳子姉さんだ。きれいな黒髪のロングヘアーに、ぱっちりした大きな瞳。もう何年も会っていなかったけれど、彼女はあまり変わっていないようだった。

冷たく素っ気ない印象を受ける見た目に反し、鎧のように頑なで人一倍正義感が強い人だった。よくお日さま園の子供達が悪さをすると、まるでお母さんみたいに叱っていた。私もよく門限を破って、彼女に怒られたことを思い出す。
そんな瞳子姉さんだから、家を出ていったと聞いても全く不思議に思わなかった。私みたいに、自分の意思を殺しながら居続けるなんて、できない人だと知っていたから。

まさか、お父さんや私達と戦うために、雷門中の子供達と手を組むとは予想外だったが。


「…ヨロシイノデスカ?」

「構わない。誰が相手だろうと関係ないからな。」


彼女から視線を反らし、私は自分のポジションについた。グリンコに言ったことは嘘ではない。例え、瞳子姉さんが敵であろうとも関係ない。今の私はエイリア学園のジュピターだ。星の使徒であり、この地球を侵略する者なのだ。
恩人であるお父さんのためにも、大好きな家族と共にいるためにも、この破壊と侵略行為をやめるわけにはいかない。瞳子姉さんのように皆と戦う決意をすることなど、弱い私には到底できないのだから。


試合は勿論、圧勝だった。

エイリア学園へと帰還した私は、お父さんに本日の戦果報告をしに行ったが、その際に瞳子姉さんが雷門中サッカー部の監督をしていたことは伝えなかった。私の中の何かがそれを告げることに抵抗したのだ。……どうせ、いつかはバレることだというのに。

皆を裏切った瞳子姉さんを、密かに応援してしまう私こそ、本物の裏切り者なんだろうな。







「ジュピター様。」


声変わりしたばかりのその低い声は、安定感があって不思議と落ち着く。
高いビルの屋上で、手すりに寄りかかりながら行き交う人々を見下ろしていた私は、目線をそのままに口を開いた。


「何か用か、ディアム。」

「はい。グラン様から、こちらをジュピター様に渡すよう仰せつかりました。」


ディアムは私の傍までやってくると、その場で膝まずき、両手にあるそれを私に差し出した。“グラン”という名に反応し、訝しげにそちらへと視線を投げた私は、その手に乗せられた赤色に、すっと目を細める。
「いらない」と一言そう告げれば、ディアムは数回瞬いてから「ですが、」と食い下がった。


「明日試合する白恋中は、北海道にあります。ここよりもずっと気温の低いところですから、きっとグラン様はジュピター様の身を案じて、」

「わかっている。だが、それは余計なお世話だ。」

「ジュピター様…、」

「セカンドランクの私が、グラン様からマフラーを頂くなど恐れ多く、とても受け取れません……とでも伝えておいてくれ。」

「……承知しました。」


渋々といった様子で了承したディアムは、持っていた赤のマフラーを手提げの紙袋にしまった。
私がまた人々へと視線を戻すと、どういうつもりか、ディアムは私の隣に立ち、同じように手すりにもたれかかった。


「…まだ、私に何か?」

「いえ、……ただ、変わってしまわれたなと思って。」

「変わった?何がだ。」

「ジュピター様が、ですよ。」


フッと口角を上げたディアムは、先程までの純情な部下ぶりはどこへやったのか。睨みを利かす私を気にも留めず、調子の良い口調で話し続けた。


「俺は、ジュピター様は地球侵略など絶対に許さない人だと思っていました。きっと瞳子姉さんみたいに、例え父さんや俺達と戦うことになろうとも、侵略計画を阻止しようとするって。」

「……。」

「けれど、ジュピター様は俺達の味方についた。そして、外見や話し方も変えて、すっかり宇宙人になってしまわれた。前のあなたなら、グラン様からの贈り物と聞いたら喜んで受け取っていたでしょうに。」


ディアムは手提げの紙袋に視線を落としながら言った。

確かに私は変わった。お父さんの計画を阻止しようと、藻掻いていた嘗ての自分はどこへ行ったのか。今ではすっかりエイリア学園の生徒となり、お父さんの計画のために、破壊・侵略行為を続けている。
姿だって話し方だって、宇宙人っぽく見えるように変えて、私はジュピターという名前を受け入れた。もうユウナと呼んでくれる人はどこにもいない。

それが悲しくて、寂しくて、苦しくて。それでも私はここに居続けた。瞳子姉さんのように皆と戦おうとしなかった。


「……私は、お前が思っているより強い人間じゃない。」


ぽつり、と溢れた自傷の言葉。私は顔を上げ、灰色の空へと視線を向けた。


「お日さま園の皆は、私にとってかけがえのない家族だった。お父さんのことは本当の父のように思っていたし、いつも傍にいてくれるグラン様は家族であり親友でもあった。瞳子姉さんも含め、私はお日さま園のみんなのことが大好きだった。」


皆で遊んで、勉強して、ご飯を食べて、暖かい布団につく幸せな毎日。喧嘩をすることもあるけれど、すぐに仲直りできる子供達と、それを優しく見守るお父さんと瞳子姉さん。
お日さま園ではいつだって子供達の無邪気な笑い声が響いていて、そんなお日さま園が私は大好きだった。


「だから、私はみんなから嫌われる存在になりたくなかった。……独りぼっちは嫌なんだ。例え、宇宙人になってしまっても、地球を侵略することになっても、私はーーー」


頬にポタリと水滴がかかる。どうやら雨が降ってきたらしい。雨は地面に次々と黒い染みを作っていく。ずぶ濡れになる前に、早く此処から移動したほうがいいだろう。
私はエイリアボールを使い、ディアムと共にビルの屋上から立ち去った。

私とディアムは、それから一言も話さなかった。



私が宇宙人になったわけ

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