傘美野中が私達との勝負を棄権したので、彼らを弱者とみなし、彼らの校舎を破壊しようとしたのだけれど、それを止めに入ったのは先ほど別れたばかりの雷門中サッカー部だった。
どうやら彼らは傘美野中の代わりに、私達と勝負するつもりらしい。……“飛んで火にいる夏の虫”、とはまさにこのことだ。
さすがに二度も見逃してやることはできない。かわいそうだけど、彼らにはここで本当の恐怖を味わってもらうしかないだろう。
雷門中サッカー部のキャプテンは円堂守というらしい。ご丁寧に自分の名を名乗った彼が「お前達の名は?」と私に尋ねる。私は、予め用意していた台詞を口にした。
「お前たちの次元であえて名乗るとすれば、エイリア学園とでも呼んでもらおうか。」
「エイリア学園…。」
「そして、我がチームの名はジェミニストーム。我が名は“ジュピター”。」
さあ、サッカーを始めようか
「ジュピター…?」
後ろから名を呼ばれて、肩がビクッと震える。振り返れば私服姿のグラン様が、廊下の隅に佇む私を不思議そうに見つめていた。
潤んだ瞳から、すっと一筋の涙がこぼれ落ちる。それを見たグラン様はとても驚いた様子で、慌てて私の傍へと駆け寄ってきた。
「ジュピター、泣いてるの?一体どうして、…バーンやガゼルに何か酷いことを言われた?」
「…ちが、います。」
「もしかして、ウルビダかな?すぐ手が出るのは、彼女の悪いクセだよね。前に叩かれた頬がまだ痛む?それとも、また何かされた?」
「……いいえ。」
フルフルと首を振れば、グラン様は「じゃあ、どうして…?」と、眉間に皺を寄せる。
目に溜まった涙を掬い取るその指はひどく優しくて、仄かに温かくて、逆効果と言わんばかりに私の涙腺をさらに刺激させた。
環境が変わっても、グラン様だけは今までと変わらない態度で私に接してくれる。それがとても嬉しくて、何より心の支えだった。けれど、胸に大きな傷を負ったばかりの今、その優しさは弊害でしかない。
私は吐き出しそうになった弱音をぐっと飲みこむと、彼の指から逃げるように一歩後ろへと下がった。
「お見苦しいものをお見せしてしまって申し訳ありませんでした。グラン様が心配なさるようなことではありませんので、どうかお気になさらず。」
「…話してはもらえないんだ?」
「すみません。」
「そう…。でも、話したくなったら言ってね。どんなことだって聞くし、俺はいつだってジュピターの『味方』だから。」
「っ、」
グラン様は切れ長の目を伏せて、素っ気ない態度をとる私に怒ることもなくそう告げた。その声色は低くて柔らかくて、とても嘘をついているようには聞こえなかった。
そりゃそうだ。きっと彼自身、嘘をついたつもりは毛頭もなかったんだろうから。
「………ふふっ」
けれど、本人もわかっていないその嘘を一瞬で見破った私は、思わず失笑してしまった。目上の人を見て笑うなんて失礼極まりないと思うが、涙の止め方も、笑いの止め方も知らない愚鈍な私をどうか許してほしい。
「ジュピター…?」
グラン様は訝しげな表情を浮かべ、泣きながら笑うという器用な真似を始めた私の名を呼んだ。ああ、この様子じゃ本当に気づいてないみたいだな。
さすがにこれ以上無礼な真似を続けるわけにはいかないので、私はゴシゴシと目元を腕で乱暴に擦りながら、漸く口を開いた。
「“彼方を立てれば此方が立たず”。しかし、グラン様は嘘がお上手ですね。」
「…嘘?」
「マスターランクのキャプテンであられるグラン様が、私めの味方になってくださるはずありませんのに……つい本気にしてしまうところでした。さすが、グラン様。見事な演技力です。」
「え、」
グラン様はパチパチと数回瞬きした後に、やっと私の言っている意味を理解したのか、みるみる顔を青くして「違うよ!」と否定の声を上げた。
「俺は本当にジュピターの味方だ。君が望むものはできる限り叶えてあげたいと思っているし、君を傷つける全てのものから守ってあげたいと、そう思っている…。本当だよ、信じて…!」
取り乱しながら必死にそう訴えてくるグラン様に、でしたら、と私は無表情のまま口を開いた。
「でしたら、今すぐ私をエイリア学園から追放してください。」
「っ、なに言って…、」
「もし本当に私の味方だというのなら…、ジェネシス計画から離脱させてください。もう、あんな酷いことを、私達にさせないで…!」
今日1日でいくつの校舎を破壊したんだろう。どれだけの人を傷つけてしまったんだろう。試合の最後まで立っているプレーヤーは私達以外いなかった。
皆、傷だらけで地面に転がっていて……そうさせたのは他ならぬ私達だった。
もう、こんなことやめてしまいたい。瞼の裏に焼き付いて離れない、あの地獄のような光景から逃れたかった。
でも、グラン様にこんなこと話したって何の意味も持たないんだろう。結局、グラン様は私の味方じゃない。
「俺はずっと父さんの味方だから。」
そう。お父さんの、味方なんだから
「…なんて、冗談ですよ。グラン様。」
蒼白な顔のグラン様を見て、おかしそうにクスリと笑う。あんなに止まらなかった涙も、いつの間にかすっかり乾いていた。
嘘吐きはどちらか
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