「地球を、侵略…?」


言っていることが理解できず、私の顔に困惑の色が浮かぶ。いや、そんな、まさか。きっと何かの聞き間違いだろう。そう信じたかったのに、私を部屋に呼び出したお父さんは、変わらず真剣な表情で「そうです。侵略するのです」と首を縦に振った。


「エイリア石の力さえあれば、世界征服など容易いこと。お前たちは『エイリア学園』を名乗り、サッカーでこの世を支配するのです。」

「なん、で……そんな、冗談だよね?お父さん…!」

「冗談ではありません。ユウナ、お前には『ジェミニストーム』のキャプテンを任せます。お前のチームメイトは既に特訓を始めているでしょうから、詳しいことは副キャプテンのディアムに聞きなさい。」

「……ディアム?」


私が寝込んでいる間に一体なにがあったというのか。どうして、こんなことになってしまったのか。

訳も分からないまま、お父さんの口から出た知らない名前を繰り返せば、「ああ、そうでした。まだ名前を教えていませんでしたね」と言って、口角を上げた。いつもは穏やかであたたかく感じるお父さんの笑顔だけれど、今は恐怖しか感じなくて。

私は身体中の血液が凍るような、酷い悪寒に襲われた。すぐさま、ここから逃げ出したいと思うのに、足がすくんで動けない。父さんから目を反らせない。


「今日からお前の名前は『ジュピター』です。」


どうやら、それは宇宙人ネームというもので。その日から、私は緑川ユウナではなく、ジュピターとして生きていくことになった。


私は宇宙人になったんだ。






「ヒロト!」


見慣れた赤い髪が視界に映り込み、思わず声を上げる。名前を呼ばれた人物は振り返り、私の姿を認めると、その顔に喜色を浮かべた。


「よかった。もう風邪は治ったんだね。ずっと心配してたんだよ。2週間くらい寝込んでいたみたいだったから。」

「うん。ごめんね…。あと、あの花と手紙、ありがとう。」


どこで積んできたのかわからないけれど、花瓶に飾られていたキレイなお花。そして、その横に置かれていた小さなメモ用紙には『ユウナが早く元気になりますように。元気になったら、またみんなでサッカーしようね。ヒロト』と、読みやすい丁寧な字でそう書かれていた。
なかなか熱が下がらなくて苦しかったとき、その花と手紙を見れば、だいぶ楽になれたから。ヒロトにはずっとお礼を言いたかったんだ。

そう言えば、ヒロトは頬を少し赤らめて、「君が元気になって本当によかったよ。」と照れくさそうに微笑んだ。私もつられて、口元が緩む。
余分な力が抜けて、久しぶりに穏やかな空気を感じられるときだった。変わっていないものもあるのだと、そう思えたときだった。


――けれど、ヒロトが続けた言葉によって、その空気も、考えも、全て自分の勘違いだったのだと気づかされた。


「そういえば、ジェミニストームのキャプテンを任されたんだってね。おめでとう。」

「−−っ」


うそ、ヒロトまで、そんな話をするの…?

煮え湯を飲まされた気分だった。背筋に戦慄が走る。その話は聞きたくないと、震える身体が拒絶していた。しかし、ヒロトはそんな私に気が付かぬまま、笑みを浮かべて言った。


「でも、残念だな。俺は是非とも『ガイア』に入ってもらいたかったんだけど。まあ、君は昔から子供たちの中でも一頭地を抜いて、サッカーが上手だったもんね。キャプテンに選ばれて当然か。」

「……ヒロト。ねえ、ヒロトはお父さんのあの計画のこと、どう思っているの?」

「?どうって…、叶えてあげたい。俺が父さんの力になれればって思ってるけど。」


私の質問に、ヒロトは迷いを見せずにそう答えた。それが、まるで当然のことだと言うように。その悪意のない表情が、逆に恐ろしく感じられて、私はわなわなと震えながら声を上げた。


「どうして…!ヒロトだって、わかってるでしょ!?お父さんがやろうとしていることは悪いことだ。あんな計画、間違ってる!私達で阻止しないと!」


息継ぎする間もなく、必死にそう訴える。…このままじゃダメなんだ。どうにかして、あの計画を辞めさせないと。地球を侵略なんてそんなこと、お父さんにも、お日さま園の子供たちにもさせたくない。私は皆のことが大好きだから、誰も悲しんでほしくなかった。

ヒロトは良いことと、悪いことをちゃんと判別できる子だから。相手のことを思いやれる、とても優しい子だから。
きっと、彼ならわかってくれるはずだと少し期待していた。心のどこかで、彼は私を選んでくれるはずだと思い上がってた。

けれど、私が何を言ってもヒロトは意見を変えず、困ったような笑みを私に向けた。それは初めてヒロトが見せた、私への拒絶だった。


「悪いけど、俺は父さんのためだったら何でもするつもりだよ。例えそれが間違っていることだとしても、誰かが傷つくことだとしても。俺はずっと父さんの味方だから。」

「そんな…っヒロト、」

「俺は『グラン』だよ、『ジュピター』。」


ヒロトはフッと笑ってそう言った。もう見慣れた笑顔のはずなのに、まるで別人のような雰囲気を醸し出す彼。その名前も『ヒロト』ではなくなっていて、私の知っている彼はもうどこにもいないのだと気付かされた。


そうか、彼も宇宙人になってしまったんだ。



ああ、大好きな世界が壊れていく



「違うチームだから応援はできないけど、お互い頑張ろうね、ジュピター。」


グランはそう言って、私の前から立ち去った。彼がいなくなった途端、ポロポロと零れ落ちた涙が地面を濡らす。


「ジュピターなんて、呼ばないで。」


ポツリと呟いたその声は、誰に聞かれることもなく虚空へと消えていった。

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