緑川ユウナという女の子は誰にでも優しくて、面倒見が良くて、泣いている子や困っている子を放っておけないような女の子だった。
大夢や駿太郎が窓ガラスを割ってしまったときは、一緒に謝りに行ってあげていたし、風介が大好きなアイスを落として落ち込んでいたときは、迷わず自分の分をあげていた。
それだけじゃない。瞳子姉さんがお遣いに行ってほしいと言えば、「私が行くよ」と進んで名乗り出るし、クララが髪飾りをなくしてしまったと泣いていれば、慰めながら一緒になって探してあげていた。
自分のことより、相手のことを優先する。そんな損な性格をしている彼女を見ているのがイヤで、でもそんな優しい彼女のことが俺は大好きだった。
「なあ、そのシャベルかして。」
「やだよ。おれが先につかってたんだから。」
「いいじゃんか!ほら、かせって!」
「わっ、ちょっと…やめてよ!」
砂場でユウナと二人で遊んでいたとき、後からやってきた晴矢と茂人にシャベルをとられそうになったことがあった。
晴矢は既にシャベルを1つ持っていたけど、どうやら茂人が持っていなかったようで。俺のシャベルを乱暴に取りあげようとする晴矢を、茂人はおろおろしながら見ていた。
茂人には申し訳ないけど、俺だってこの砂のお城を完成させたかったし、晴矢はいつも我儘ばかり言うから内心うんざりしていた。だから、今回ばかりは絶対に渡すまいとシャベルを胸に抱きしめて、俺は晴矢の手からそれを守った。
けれど、そんな様子を黙って見ているような彼女ではない。
「晴矢、私の貸してあげる。だから、乱暴しちゃダメだよ。」
自分のシャベルを差し出すユウナに、俺はぷくっと頬を膨らませた。なんで渡しちゃうの。それじゃ、ユウナが遊べないじゃん。
大人しく受け取る晴矢も、はにかみながらお礼を言う茂人も、「すごいのできたら、見せてね」なんて言って笑うユウナも、全部全部、気に入らなかった。
それから、少し離れたところで砂山を作り始める晴矢たちを、温かい目で見守る彼女に心底腹が立った。
結局、俺は自分のシャベルは守れたのに、砂場で遊ぶ気分じゃなくなってしまって、せっかく頑張って作った砂のお城を持っていたシャベルで破壊した。
俺が不機嫌になったことに気付いたユウナは、困ったような笑みを浮かべ、「あーあ、」と崩れたお城の前に腰を下ろす。彼女は怒ったりも、泣いたりもしなかった。
むしろ自分で壊したというのに、もう元には戻らないお城を見て、俺の方が悲しくて泣いてしまいそうになった。
「なんで、シャベルあげちゃったの…。」
ぽつり、と拗ねたように俺がそう呟けば、ユウナは目を細め、当然のことのように言った。
「ヒロト、“情けは人の為ならず”、だよ。」
「また、『かくげん』?……もう。ユウナは、みんなにゆずってばっかりなんだから。そんなんじゃ、しあわせになれないよ。」
俺はユウナに幸せになってもらいたかった。誰にでも優しくて、自分のことは後回しにしちゃうような、そんなユウナにはずっと笑っていてほしかった。
シャベルをぎゅっと握りしめて、俯きながらそう言うと、ユウナは大きな黒目をぱちくりした後、ふわっと優しく微笑んだ。
「私は幸せだよ。ヒロトやお日さま園のみんなが笑っていてくれることが、私にとって何よりも嬉しいことだから。ヒロト達のおかげで、私は今すごく幸せ!」
彼女の言葉を聞いて、俺はぱっと顔を上げる。まるで宝物を見るような目で俺をうつすユウナは、本当に幸せそうな表情をしていて。その暖かくて優しい笑顔は、まるで太陽のようだと思った。
ーー緑川ユウナという女の子は誰にでも優しくて、面倒見が良くて、泣いている子や困っている子を放っておけないような女の子だった。
自分のことより、相手のことを優先する。そんな損な性格をしている彼女を見ているのがイヤで、でもそんな優しい彼女のことが俺は大好きで、
『それなら、俺がユウナを幸せにしてあげよう。』
まだ幼かった俺だけど、その決意はとても固く、何年立っても揺るがないものだった。
太陽みたいな君に焦がれて
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