雪が振りそうな寒い日の朝。鳥の鳴き声だけが聞こえる静かな道をふらつく足取りで、ただ歩みを進める少女がいた。

その少女は膝丈長さのスカートをひらひら揺らしながら警戒区域の前までやってくると、そこへ戸惑うこともなく足を踏み入れた。

少女は、何かを探すようにフラフラ歩き続ける。警戒区域は、当然だが人一人見当たらない。
だいぶ奥まで入って行くと、突然警報の音が鳴り響いた。どうやら、近界民が現れたらしい。
そのけたたましい音を聞いた少女は、動揺も見せず。むしろ、『待ってました』と言わんばかりに、そちらへ足を向ける。少女は、笑みを浮かべていた。



(早く、早く…、)



少女の歩みはだんだん速くなり、やがて走りだす。この先に近界民がいる。だんだん、その大きなシルエットが見えてきて、少女は口角をさらに上げた。



(やった。これで、やっと…!)



少女の存在に気が付いた近界民は、ズシズシと此方へ向かってくる。少女は立ち止まり、近界民が来るのを待った。



(ああ、やっと……私は開放されるんだ。)



この悪夢から。やっと、抜け出せる。ずっと待ち望んでいた。全てが壊れたあの日から。

少女は、目を閉じた。近界民は、もうすぐ傍まで来ている。早く、早く、その鋭い刃で、私を……




( 私  を  殺  し  て  。)




しかし、いつまでたっても衝撃は訪れなかった。

ゆっくり目を開ける。すると、目の前には心臓辺りを斬り裂かれた近界民がいて、そのまま音をたてて崩れ落ちた。…ああ、もう少しだったのに。少女は、残念そうに溜息を吐いた。

近界民のすぐ近くには、少女のよく知る幼馴染が武器を手に立っている。近界民を倒したのは、この男で間違いないようだ。彼は何も言わず、ただ少女を見つめていた。



「どうして、邪魔ばかりするの?」



少女は、たった今自分を殺すはずだった近界民をじっと睨みつけながら尋ねた。彼にこうやって妨害されたのは、別に今日が初めてというわけではない。少女が死のうとしたとき、彼は必ず助けにきてしまうのだ。

彼は、私を死なせてくれない。



「ねえ、どうして?」



少女は、視線を幼馴染に向けた。今度はしっかり彼の目を見て、もう一度尋ねる。どうして、貴方は私に自由をくれないの?私を此処に縛り付けるの?すると、幼馴染は静かに口を開いた。



「俺を一人にするな。」



そんなの貴方の勝手な我儘じゃない。少女は、呆れたように言った。



「私は、死にたいの。近界民に、殺されたいの。」

「そんなの俺が許さない。」

「…ねえ。お願いよ、秀次。私を死なせて。もう嫌なの、こんな世界。」



大好きだったお母さんもお父さんも、仲の良かった友達も、優しくしてくれた大家さんも、憧れてた近所のお姉さんも。皆、皆……近界民に殺された。
大切な人を沢山失った。どうして、自分が生きているのかわからない。全てを失くしたこんな世界。私は、もう耐えられない。


生きていく希望なんて見つからない。

それなら、私も近界民に殺されよう。皆と同じように、その痛みに苦しみながら、一人ひっそり死んでしまおう。
別に寂しくなんかない。むしろ、生きている方がずっと孤独を感じてしまう。皆と生きてきた、あの眩しくあたたかい毎日を思い出してしまう。そっちの方がつらかった。


ヒュウっと風の音が耳元をかすめる。やはり、冬の朝は寒い。少女は、両ポケットから手を出すと、それを擦り付けた。手は、赤くなってしまっている。
そのことに気がついた幼馴染は、呆れたように溜息を吐き、ゆっくり少女に近づいた。そして、自分のつけていたマフラーを取り、彼女に巻きつけてやる。



「またそんな格好で…風邪ひくだろ。」

「いいよ。秀次が寒くなるでしょ。」

「平気。」



幼馴染はそう言うが、彼の鼻は真っ赤に染まっている。何が平気だ。本当は寒いくせに。そう思いながら、少女は彼の匂いのついたマフラーに顔を埋めた。あたたかい。

だいぶ大人しくなった少女に、幼馴染は「ほら、帰ろう。」と手を差し出した。


幼馴染の秀次は、いつも少女の手を引いて前を歩く。少女は、そんな彼の一歩後ろを歩きながら、彼の横顔をじっと見つめていた。



ああ、今日も彼は死なせてくれない


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