『心残りは沢山あるわ。でも、本当に後悔してることは3つだけ。』



お姉さんは目を閉じると、ぽつりぽつりと話し始めた。





三輪と霊感少女と04





「あの……本当にやるんですか?」



私は塀に身を潜めながら、不安げに尋ねる。すると、私の隣に立っていたお姉さんは『もちろん』とそれはそれは素敵な笑顔で頷いた。



「で、でも……これ不法侵入ってやつじゃないですか。立派な犯罪ですよね?」

『大丈夫よ。この家の住人である私が許可したんだから。』


「誰が幽霊に許可貰っただなんて嘘みたいな話を信じるんですか。」



今、私は三輪の家を目の前に、額に汗を浮かべている。どうしてこんなことになったのか。私はつい先程の会話を思い出しながら、深い溜息をこぼした。





「編みかけの手袋……?」


『そう。秀次って寒がりなんだけど、手袋は持ってなかったみたいだから。あの子の誕生日にプレゼントしようと思って、こっそり編んでたの。あと少しで完成だったんだけどね……。』

「……そう、だったんですか。」


『だからね。その手袋……続きをなまえちゃんが編んで、秀次に渡してもらえないかな?』  


「えっ、私がですか?!」

『ええ。今の私じゃ、編み物なんてできないし。ちょうど、四日後は秀次の誕生日なの。なまえちゃんが完成させて、それを秀次に渡してくれたら、私の心も救われるわ。……ね、お願い。』


「……………わかりました。」





確かにそのお願いは聞き入れた。あまり編み物とかしたことないけど、お姉さんが三輪を想って編んでいた手袋は絶対に完成させて、三輪に渡したいと思ったから。

……でも、でもよ?





『それじゃあ、取りに行きましょうか。編みかけの手袋は、私の部屋のクローゼットの奥に閉まったままだから。』






「…まさか、こんな泥棒みたいなことをさせられるなんて思わなかったわ。」

『なまえちゃんファイト!』

「…………。」



楽しそうなお姉さんに、私は今日何度目かもわからない溜息を着いた。本当に似てるのは見た目くらいで、中身は生真面目な三輪と正反対だ。

仕方がない。女は度胸だ、と私はカメレオンを起動させる。私の体が風景に溶け込み、完全に見えなくなると、お姉さんが『本当にすごい技術ね』と感心したように呟いた。



「でも、どうやって入るんですか?流石にドアや窓を壊すのはまずいですよ。」

『ああ、それなら大丈夫よ。あそこの二番目の植木鉢の下に、緊急用の鍵が隠されてるから。それを使って?』


「………不用心ですね。いつか本当の泥棒に入られちゃいますよ。」



呆れた表情を浮かべながらも、私はその植木鉢を持ち上げて、家の鍵を拝借した。三輪やご両親が帰ってくる前に手袋を見つけて、さっさと此処から立ち去らないと。

なるべく素早く鍵を開けて中へと入った私は、お姉さんに部屋まで案内してもらった。彼女の部屋は、二階の奥から二番目の部屋らしい。そして、一番奥は三輪の部屋なのだと、彼女はニコニコしながら教えてくれた。

「お邪魔します」と一言告げてから、彼女の部屋に足を踏み入れる。綺麗に整理整頓された部屋。もうお姉さんが死んでから数年立つというのに、そこは変わらないままの状態で維持されていた。掃除は定期的にされているのか、埃などはあまり見られない。

お姉さんは『私もこの部屋に入るのは随分久々だわ』と懐かしむように辺りを見渡した。何だかまるで、母校を訪れた卒業生みたいな反応だ。
私はそんな呑気なこと言ってる場合じゃないですよ、と彼女に注意しようとしたけれど、棚に飾られた写真立てがふと目に止まって言葉を飲み込む。



(この写真は……。)

『あら、それ。』



私の視線の先を追いかけたのか。三輪のお姉さんは私の隣にやってくると、その写真立てを見て、嬉しそうに目を輝かせた。



『これ、秀次が小学生になったばかりの頃だったかな。家族みんなで遊園地に行ったんだけど、秀次が迷子になっちゃってね。もう、わんわん泣いて大変だったのよ。』

「へえ……。だから、この写真の三輪はこんなに目が腫れてるんですね。」



幼い頃から変わらぬ目つきの悪さだけれど、涙の痕は残したまま、姉の服の裾をギュッと掴んで離さない三輪の幼少写真をまじまじと見つめる。
いつも仏頂面で、苛立ちを隠そうともしないあの三輪秀次と同一人物だとは、とても思えない可愛らしさだ。
これが10年くらい経つと、"近界民!迅!"と目の下に隈を作って睨みを利かすようになるのか。……信じられないな。

お姉さんは写真立てを指でなぞるような仕草をしながら、寂しそうに呟いた。



『4年前の侵攻があってから、この遊園地も閉園しちゃったのよね。』

「そうだったんですね。……私も幼い頃、一度だけ両親に連れて行ってもらった記憶があります。何に乗ったとか、あまりよく覚えていないけど。」

『……ねえ、なまえちゃん。』



ガチャッ、

バタン



「…………。」

『…………。』

「え、今の音って……。」

『秀次が帰ってきた、みたい。』



お姉さんと私は顔を見合わせ、さあっと青褪めた。



「なんで!?米屋が、今日は三輪と夕飯食べに行くって言ってたのに!」

『ハッ!……そう言えば米屋くん、今日は補習だったんじゃ……。』

「っ、バカ!!!米屋の槍バカ!!!!!」



小声で米屋の悪口を言っていると、部屋の外からタンタン、と階段を上がる足音が。だんだん大きくなっていくその音に、汗がじっとりと額に滲みだす。



「なんか、こっちに来てません!?」

『秀次の部屋、この部屋の隣りだから。……だっ、大丈夫!今のなまえちゃんは透明だし、静かにしていればバレないわ!』

「そ、そうですね!」



三輪の足音が、私達のいる部屋の前を通り過ぎる。私は、ゴクリと唾を飲み込んだ。こんな緊張したのは、戦闘訓練で初めて近界民を目の前に戦ったとき以来かもしれない。
だって不法侵入してるところを見つかりでもしたら、間違いなく私は警察行き。人生終了のお知らせが流れてしまう。そんなのは絶対ごめんだ。


ーー暫くして、隣りからバタン、とドアの閉まる音が聞こえた。



「………。」

『………入った、みたいね?』

「………はあ。さっさと手袋持ってここを出ましょう。」

『……そうね。』



私はお姉さんの言葉に従い、クローゼットの奥に仕舞われた白い箱を、なるべく音を立てないように気を使いながら取り出した。埃の被ったそれは、まだ家族の誰からも発見されていない様子だった。

私は、その中に編みかけの手袋が入ってることを確認してから、お姉さんの部屋の窓をそっと開け、そこから外へと逃げ出した。……もう、こんなこと二度とごめんだ、とそう思いながら。



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※不法侵入は犯罪です。例え隠密トリガーをお持ちであっても、絶対に真似しないでください。


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