「………何をやってるんですか。」

『あら、なまえちゃん。こんにちは。』



水田周辺の草地に座り込んでいた三輪のお姉さんは、私が声をかけると、ぱっと花が咲くように微笑んだ。
彼女の前には紫色の花がいくつか咲いている。私は首を傾げながら尋ねた。



「花を見ていたんですか?」

『ええ。これは"リンドウ"っていうお花なの。最近じゃ見る機会が少なくなってきてるお花なんだけど、偶然ここで見つけてね。よく見に来てるのよ。』

「へえ……この花、"リンドウ"っていうんですね。」



あまり花に詳しくない私はお姉さんの隣にしゃがみこむと、物珍しそうにその花を見つめた。確かに見たことのない花だ。しかも、偶然にもボスや陽太郎と同じ名前の。

お姉さんに言われるまで気づきもしなかったその小さな花は、あの大規模侵攻があった後もずっと此処で凛々しく咲き続けているのか。
「強いな」と無意識に私が呟くと、お姉さんは不思議そうな顔をしてから、くすりと笑い『この花ね、私の一番好きなお花なのよ』と言った。私は視線をお姉さんへと向ける。



『"リンドウ"の花言葉って、いろいろあるんだけどね。正義、誠実。それから、寂しい愛情も。』

「寂しい、愛情……。」


『群生しないで一本一本咲いてることが由来だそうよ。』

「そうなんですか。」



それって何だか……



『"リンドウ"は秀次の誕生花なのよ。』



そう。三輪みたいだなって思ったんだ。




三輪と霊感少女と03




「……あの、お姉さんは何か未練があってここに留まっているんですか?」



私には関係ない、とずっと目を背けてきた疑問。けれど、昨日迅さんに言われた言葉が頭を過る。


「三輪の姉さんからの頼みはなるべく引き受けた方が良い。俺のサイドエフェクトがそう言ってる。」



迅さんのことは信用してるし、そのサイドエフェクトが優秀なことはよく知っている。きっと私がお姉さんに深く関わることで、その禁忌を破ることで、私達にとっての未来がより良いものに変わるのだろう。だから、私は思いきってお姉さんに尋ねてみることにした。

お姉さんは数回瞬きしてから『どうしたの?急に。』とおかしそうに笑った。しかし、それが空笑いだと私はすぐに気がつく。
彼女が次に何かを言う前に、私は真剣な表情のまま話を続けた。ゆっくり、ゆっくりと慎重に言葉を選びながら。



「このまま、ずっとこの世に留まっているのは……、その良くないと思うんです。ちゃんと成仏しないと生まれ変われません。」

『……そうね。』

「もし、何か未練があって残っているのなら、私にできることであれば手伝います。だから、」

『ありがとう。でも、大丈夫よ。』



お姉さんは眉を八の字にして、悲しげな表情を浮かべながら言った。



『もう私に残された時間はないの。なまえちゃんが心配してくれなくても今日からちょうど5日後、私はこの世を離れることになるわ。』

「え……。」



目を見開き、固まる私を見てお姉さんは『言ってなくてごめんね』と謝罪の言葉を口にした。



(あと5日でお姉さんはいなくなる…?)



そんなの突然過ぎる。だってお姉さんはもうずっと、4年もこの世に留まって……三輪の傍を離れないで、まだ未練たらたらで。それなのに、そんな気持ちのままこの世を去るっていうの…?

お姉さんにはやり残したことがあるんじゃなかったの?


私は震える声で彼女に尋ねた。



「お姉さんは……それで良いんですか?」

『……うん。もう、いいのよ。お母さんもお父さんも元気にやってるし、秀次も無事に高校生になってボーダーのA級隊員だなんて凄い役職についたわ。
みんな立派に成長して、今を頑張って生きてるんだもの。私も早く生まれ変わって、次はもっと長生きしてやるんだって、そう思ってるんだから。』


「でも…!それじゃあ、今までどうしてこの世に留まってたんですか?何か未練があったんじゃないんですか?!」



私は知っていた。

三輪がつらそうなとき、お姉さんは三輪の頭を優しく撫でてあげていたこと。米屋達が三輪に友好的に話しかけてる姿を嬉しそうに、でも寂しそうに見つめていたこと。
三輪が戦っているときはいつも祈るように拳を握って、それでもその姿から一瞬も目を逸らさなかったこと。三輪を見守るその瞳がいつも切なげに揺れていたこと。


そんなお姉さんを、私はいつも遠くから見てたから。



「ずっとずっと三輪の傍にいて、ずっとずっと何を想っていたんですか?!このまま終わってしまって、本当にいいんですか?!」

『なまえちゃん、』

「お姉さんは死んでます。もう、私達と同じように生きることはできない。お姉さんとしてもう一度やり直すことはできないんです。
でも…!まだお姉さんの魂はここにあります!終わってないんです。このままじゃ終われないんです!!」

『……っ』



お姉さんの目からスーッと涙が流れ落ちる。私は拳を強く握りしめて立ち上がった。久々に大きな声を出したからか胸が熱い。泣きながら私を見上げるお姉さんに、私は手を差し伸べた。



「まだ時間はあります。お姉さんがやり残したこと、ちゃんとやり遂げましょう。そして、本当に全て終わらせましょう。」



お姉さんは涙を拭うと、私の手にその冷たい手を重ねて『ええ』と頷いた。

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