両親を説得し、ボーダーを続けられるようになってから数カ月後。私は歌川と同じ高校を受験し、無事に合格することができた。
そこは宇佐美先輩も通っている進学校で、風間さんの母校でもあるらしい。風間隊の皆は、私の合格を自分のことのように喜んでくれて、挙げ句の果てにはお祝いのケーキまで用意しだすもんだから、私は大袈裟だと呆れつつも、内心ちょっと嬉しかった。もちろん、誰にも言ってないけど。

風間隊もA級上位にランクインするようになって、遠征部隊にも選ばれたりなんかして、そのときは何もかもが順調にいっているように思っていた。高校生になっても、私はこのまま彼らと一緒に歩んでいくんだと、そう信じて疑わなかった。



ーーそれなのに、



「宇佐美栞、玉狛支部へ転属することになりました!」



例え私が風間隊を辞めなくても、何か特別な変化を求めなくても、勝手に変わってしまうものは当然あるわけで。そんなの、どうしようもないって頭ではわかっているんだけど。

「急な話でごめんね」とか「今までありがとう」とか、別にそんな台詞を聞きたいわけじゃないし、玉狛に転属する理由なんかにも興味はない。
ただ、悲しくて寂しくて。私はこんな思いをしているというのに、平然といなくなろうとする彼女に心底腹が立った。

残念そうに、けれど彼女が後を引かないよう応援の言葉をかける歌川とは違い、いつまでも大人になれない私は、彼女から目を反らしてぽつりと呟く。



「裏切り者。」

「……うん。ごめんね、きくっちー。」



それが、風間隊である彼女との最後の会話だった。それから何も喋らない私に困ったような笑みを浮かべつつも、宇佐美先輩は本当に風間隊からいなくなってしまった。





菊地原に転生した女の子20





「クッキー焼いてきたの。なまえちゃんも良かったらどうぞ。」

「……。」



差し出された皿の上には、おいしそうな焼き色をした星型のクッキーが沢山乗せられている。けれど、それを一瞥しただけで「いらない」と即答する私に、目の前の彼女は笑みを浮かべつつも小さく肩を落とした。



「おい、先輩にその態度は失礼だろ。」

「………。」

「なまえ。」

「いいの、歌川くん。私、気にしてないから。」



私の不躾な態度を咎める歌川の、その肩に手を乗せて、彼女は首を横に振った。そして、「歌川くんも良かったら食べて?」と、微笑みながらクッキーの皿をあいつにも差し出す。

宇佐美先輩の代わりに、新しく風間隊のオペレーターとなった、この三上歌歩という女。宇佐美先輩の紹介なだけあって、彼女の正確無比なそのオペレート能力は言わずもがな、愛嬌もあって、気配りもできる。おまけにお菓子作りだって得意。そんな如何にも優秀そうな彼女を、私はどうしても好きになれなかった。

彼女にお礼を言ってから、一枚のクッキーを口へと運ぶ歌川の様子を、私は面白くなさそうに眺める。それ、実は見た目に反して超絶不味かったりしないかな?……いや、例え不味くても歌川なら相手を傷つけるような発言はしないだろうけど。
クッキーを食べ終えた歌川の綻んだ顔を見て、私の僅かな期待は打ち砕かれた。



「すごくおいしいです。三上先輩はお菓子作りがお上手なんですね。」

「ふふ、ありがとう。よく妹や弟達のおやつに作るんだ。あ、紅茶飲む?」

「ああ!先輩は座っててください。俺が淹れますよ。」



仲良さそうに喋って。当然のように風間隊のソファに座っちゃってさ。……気にいらない。ああ、なんだか胸がむかむかしてきた。

私がソファから立ち上がると、二人の視線が此方に向いた。気にいらない。気にいらない。二人してそんな顔で私を見ないでよ。うざったいなぁ。
歌川も歌川だ。なんで、その子と楽しそうに会話してるの。どうせ、可愛い女の子にお菓子貰ったからって浮かれてるんでしょ?ヘラヘラしちゃってバカみたい。バカバカ。歌川のバカ。



「歌川の浮気者。」

「うわ、……どうしてそうなるんだ。」

「鼻の下伸ばして、アホ面曝してるからでしょ。私、もう帰るから。風間さんにそう言っておいて。」

「あっ、おい。なまえ!」



歌川の呼びかけには聞こえないふりをして、さっさと作戦室を後にする。防衛任務後の報告をしに行っている風間さんを待たず、先に帰るのは何だか申し訳ないけれど、もうこれ以上あそこに居たくなかった。あの子が我が物顔で居座る、あの場所には。



(あそこのソファは、あの人が座る場所だったのに。)



彼女のオペレーターとしての力量は認めてる。でも、彼女を風間隊のオペレーターとして認めたくはない。だって、ずっと一緒に頑張ってきたのは彼女じゃないんだ。
変な私物をたくさん持ち込んだり、メガネを異常に推してきたり、理解できないような言動も多かったけど、そこにいるだけで場が明るくなって、なぜか妙に頼もしくて、いつもあそこでヘラヘラ笑ってたのは、彼女じゃなくてーーー

 



「宇佐美先輩。」



「っ、」



曲がり角のその先で、ちょうど今思い浮かべていた人の名前が聞こえてきて、私はその場でピタリと足を止めた。心臓がドクンドクンと波打つ。聞き間違いなんて考えは一切なかった。だって私の耳は嫌なほど優秀なのだから。
それから続いて聞こえてきたのは、想像通りよく聞き慣れたあの人の声で。盗み聞きするつもりは微塵もなかったんだけど、私はそこから一歩も動くことができなくて、ただ静かに彼らの会話を聞いていた。



「あれ、とりまるくんだ。本部で会うなんて珍しいねー。」

「ちょっと後輩に指導を頼まれて。宇佐美先輩は確か会議でしたよね。もう終わったんですか?」

「うん。今から玉狛支部に帰るとこだよ!」

「俺もです。それなら、レイジさんが車で迎えに来てくれるそうなので、宇佐美先輩も乗っていかれませんか?」

「ほんと?やったー。乗る乗る!」



だんだん遠ざかっていく声と足音。それが完全に聞こえなくなると、緊張の糸が切れたように、私は止めていた息を深く吐きだした。
先ほど宇佐美先輩と話していたあの男は、きっと玉狛の人間だろう。転属してからまだ1ヶ月も立っていないというのに、二人はもうずいぶんと打ち解けているように感じた。まあ、宇佐美先輩はあんな性格だし、玉狛でもうまくやれているだろうと思ってはいたけど。

風間隊の皆が新しいオペレーターを受け入れたように、宇佐美先輩もまた新しい仲間と共に歩み始めているんだ。それを知ったら、なんだか、



「……私だけ置いてかれてる気分。」

「誰もお前を置いて行ったりはしない。」



ゆっくり後ろを振り返れば、風間さんの赤い瞳とかち合う。もう報告は終わったのだろうか。風間さんは私の正面までやってくると、朗々とした口調で言った。



「お前が遅れていたとしても待っててやる。だから、しっかりと着いてこい。」

「………。」


(待ってて、くれるんだ…。)

 

ふっと吐息が漏れ、安堵の情が胸を浸す。ああ、なんだ。私は自分でも気付かない内に焦っていたのか。
変わってゆく環境に戸惑い、すぐ受け入れることができる歌川達に不満を覚え、まるで私だけが取り残されているかのような現状に焦燥感を抱いていた。
だから、あんな風に大人げないことを言って、ちっぽけな抵抗を見せていたんだ。……けど、わかってる。前へ進むためには、いつまでも駄々をこねてちゃダメなんだって。

まだ認めたわけじゃないし、新しいメンバーに慣れるにはだいぶ時間がかかると思うけど、それでも皆が待っていてくれるというなら……。


近づいてくる二人分の足音。風間さんが体をずらせば、こちらへと向かってくる歌川と三上先輩の姿が見えた。目が合えば、彼女は眉を八の字にして困ったように微笑んでくる。
一つしか違わないのに、大人の対応をされているみたいで、なんだかちょっと悔しい。私はフンッと鼻を鳴らし、つっけんどんに言った。



「しょうがないから、受け入れる努力くらいはしてあげるよ。」



私の横に並んだ歌川が「なんで、そんな上からなんだ」と、呆れた顔で突っ込みを入れる。うるさいなぁ、私が生意気なのなんて今に始まったことじゃないでしょ。
チラッと三上先輩の方へ視線を向ければ、彼女は目を数回ぱちくりしてから、クスリと笑みを溢した。



(まっ、簡単に認めてあげるつもりないから。貴女もせいぜい頑張りなよね。)



新しいチームメイトに置いて行かれないよう、私も一歩、足を前へと踏み出した。

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