「菊地原さん!」



ラウンジへ行く途中。名前を呼ばれて振り返れば、嵐山さんが手を振りながらこちらに歩み寄ってきた。通りすがりの隊員たちが「見ろよ、嵐山さんだ!」「かっこいい!」と遠巻きに騒いでいる。さすがボーダーの顔。純真なキラキラ笑顔が眩しくて、気を抜いたら浄化されそうだ。

私はいつもの仏頂面をそのままに、「私に何かご用ですか?」と尋ねる。我ながら随分と可愛げのない態度だと思うけど、人の好い嵐山さんは私のそんな態度を気にもせず、明るい表情のまま口を開いた。



「充達から聞いたよ。B級昇格、おめでとう。」

「ああ、どうも。」

「菊地原さんは歌川と一緒に風間さんの部隊に入るんだろ?どんなチームになるのか楽しみにしているよ。」



嵐山さんはそう言うと、私の頭をポンッと軽く叩いて去って行った。子供扱いされてるみたいでむかつくはずのその行動も、嵐山さんなら不思議とむかつかない。
私はその背中を数秒見つめてから、風間さん達が待っているラウンジへと足を運んだ。





菊地原に転生した女の子09





「歌川、これあげる。」

「いらない。好き嫌いせずにちゃんと食べろ。」



私はサラダの中に入っていた嫌いなトマトをフォークでぶっ刺し、歌川へと差し出した。けど、歌川はそれを受け取らず、まるでお母さんみたいなことを言って突き返される。なんだよ、歌川のケチ。前は食べてくれたのはにさぁ。トマトを皿の端っこに退けながら、私はぶうぶうと唇を尖らせた。



「酷いなぁ。私、トマトアレルギーなのに。」

「えっ!きくっちーって、トマトアレルギーだったの?!」

「……嘘ですから、騙されないでください。宇佐美先輩。」



私がついた適当な嘘を信じたのは、私の正面に座っていた宇佐美先輩だった。しかし、それを否定したのは私ではなく、歌川で。あいつは困った視線を私に向けながら話し続けた。



「嫌いな物はすぐアレルギーだって嘘つくんですよ、こいつ。前はピーマンアレルギーだとか、牡蠣アレルギーだとか、煮魚アレルギーだとかも言ってました。勿論、全部嘘でしたけど。」

「ちょっと歌川、余計なこと言わないでよ。」

「きくっちー…。」



宇佐美先輩が半笑いでこちらを見つめてくる。ほらもう、歌川が余計な話をするから呆れられちゃったじゃんか。あんなの冗談に決まってるのに。
腹が立ったので隣に座る歌川の、その無駄に長い足を思いっきり踏みつけてやったら、隣から「痛っ!」と声が上がった。ざまぁみろ。顔を顰める歌川を、私は鼻で笑ってやった。

すると、カツカレーを黙々と食べていた風間さんが食べる手を止めて、ついに口を開いた。



「トマトは非常に栄養価の高い野菜だ。しっかり食べろ、菊地原。」

「……。」



風間さんに言われたら、なかなか断れないのはなぜだろう。私は無言のまま、皿の隅に退けられていたトマトを再びフォークでぶっ刺した。そして、そのまま口元まで持っていく。ゴクリ、と唾を飲み込んだ。

宇佐美先輩は「頑張れ、きくっちー!」と私を応援し、風間さんと歌川も静かに此方を見守っている。
あーぁ、なんでこんなことになったんだろう。サラダなんか頼まなきゃ良かった、と今頃後悔しても遅いわけで。

トマトを見つめ続けて数秒、ついに覚悟を決めた私は、勢いに任せてトマトを口の中へと放り込んだ。


・・・。


「っ、……うげー。超まずい。」



口いっぱいに広がるトマトの味を何とか消したくて、コップに注がれた水を一気に飲み干す。それでもまだ気持ちが悪くて、顔を歪める私を宇佐美先輩は満面の笑顔で褒め称えた。



「きくっちー!偉い子だ!ご褒美にアタシのデザートをあげよう。」

「……なにそれ。子供扱いしないでくれる?デザートは、まあ貰ってあげるけどさぁ。」



宇佐美先輩からランチセットについてきたというプリンを受け取り、少し上機嫌になった私に、今度は風間さんが微かに笑みを浮かべて言った。



「よくやった、菊地原。それでこそ俺の部隊の隊員だ。今度、おまえが気になると言っていた駅前のケーキバイキングに連れてってやる。」

「……ありがとうございます。」



トマト1つくらいでみんな大袈裟じゃない?って会話を聞いていた人は思うだろうけど、これは風間隊じゃ割とよく見る光景だったりする。
どうしてか宇佐美先輩も風間さんも、私に特別甘いんだ。それが子供扱いされているみたいで癪に障るけど、可愛がられていると思えば嬉しくもあって、なんだか複雑な心境だ。


とりあえず、貰えるものは貰っておこう。

珍しく素直にお礼の言葉を口にすれば、隣から伸びてきた手に頭を撫でられた。さっき嵐山さんにも頭を撫でられたけど、嵐山さんのとは違ってその手つきは酷く優しいもので。ああ、これ歌川の手だってひしひしと感じた。



(……そうだ。結局、一番私に甘いのはこいつだっけ。)



ゆっくり顔を上げれば、歌川のタレ目とバッチリ視線が合う。すると、彼はフワリと嬉しそうに笑って言った。



「よく頑張ったな。帰りにコンビニで好きな物買ってやるよ。」



……やっぱり皆、私に甘過ぎなんじゃない?

私は熱くなった顔を冷やすために、歌川のコップを奪い取り、中の水を全て飲み干してやった。
そして、今度からサラダを頼むときはトマトが入っていないかどうかちゃんと確認しよう、と心に決めた。

prev next
[back]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -