「まさか、マリー様がバビルスの制服に袖を通す日が来ようとは思いませんでした。」

「私だって一生着ないつもりでいたよ…。」


いつもならまだ布団の中にいるだろう、この時間。私はオペラに手伝ってもらいながら身支度を整えていた。大きなリボンに膝丈スカートの赤いセーラー服、鏡には見慣れない姿をした自身が映し出されていて、何だかソワソワしてしまう。始終落ち着きのない私に、オペラは「よくお似合いですよ」と言って、私の髪の毛を丁寧に梳かし始めた。


「それにしてもよく決心されましたね。あんなに外に出ることを嫌がっていたのに。」

「……入間のためよ。入間はまだ悪魔の恐ろしさを知らないから、双子である私が守ってあげないと!」


ふんす、と鼻息を荒げる私に「おや、それは頼もしい」と返すオペラは相変わらずの無表情で、本気で思ってるのかどうかわかりづらかった。

入間はいい人間だ。ビビリ魔な私に優しく手を差し伸べてくれて、毎日一緒に遊んでくれて、私の我儘にも文句なしに付き合ってくれて、私と一緒ならもっと楽しいと言ってくれる。まるで本物のお兄ちゃんができたようで嬉しかった。
だから、私はバビルスに行くことを決意した。ほんとはすっっっごく行きたくないのだけれど、入間はぽやんぽやんしてるから、悪魔だらけの学校ではきっと生き残れないだろう。私が入間を守ってあげるんだ…!
そうして決意を固めていると、できましたよと言ってオペラが私から離れる。彼によってあっという間にアレンジされた髪は、何だかいつもより凝っているように感じた。

本当は入間と一緒に学校へ行きたかったのだけど、授業で使う教材を貰いに職員室へ行ったり、休んでいた間に行われた使い魔召喚やらを行うため、今日は早く行かなければならなかった。
私は学校まで馬車で送るというおじいちゃんの申し出を全力で断り、2年と数ヶ月ぶりに外へ足を踏み出した。

ああ、陽の光が眩しい。こんなにも外は明るく、空気は澄みわたっていただろうか。ドキドキと鼓動が高鳴る。待って。やばい。不安と緊張でどうにかなってしまいそうだった。なかなか飛び立とうとしない私の頭に、ぽすんと大きな掌が乗せられる。振り返れば、そこには優しい顔をしたおじいちゃん達が立っていた。どうやらお見送りに来てくれたらしい。


「マリーちゃんなら大丈夫だよ。なんていったって僕の自慢の孫娘なんだからね!」

「何かあればすぐにお呼びください。駆けつけます。」

「マリー、また後で会おうね!」


「……うん、行ってきます!」


ぐっと拳を握り、私は覚悟を決める。大丈夫。怖くない。私にはみんながついている。私は彼らに手を振り返すと、黒い翼を広げ、空へ飛び立った。



入間くんの妹はビビリ魔02



おかしい…。どこへ行っても囁かれる入間の噂の数々。まだ入学式から数日しか経ってないというのに、逆に何をしたらこんな有名人になれるのだろうか。危険だから目立つようなことはするなとあれ程言っておいたのに、後でちゃんと叱っておかなきゃ…!

職員室を出た私は認識阻害メガネをかけ、なるべく人気のない道を選びながら、自身の教室へと向かっていた。担任のカルエゴ先生(すっっっごく怖い悪魔だった)から貰った地図からして、多分この辺りだと思うのだけれど…。本当にこんな怪しげな場所に、教室なんてあるんだろうか。

1年塔の裏門を通り、長い階段を下り、不安になりながら何度も地図を確認し、漸く辿り着いた目的地。『1−危』と書かれた札が打ち付けられているボロボロな扉を前に、私は茫然と立ち尽くした。わあ、まじか。え、ここ、だよね…?どうしよう。危険な香りがぷんぷんしている。入りたくない。
中から声が聞こえるし、地図からして教室はここで間違いないはずだ。しかし、とても中に入る気にはなれない。さてどうするかと扉の前で悩んでいると、その扉が内側から勢いよく開き、中から黄緑色の髪をした少女が飛び出してきた。


「びゅんびゅーん!じゃあ、私、入間ちの妹捜してくるねーって、」

「「あいたっ!!?」」


ガツン、と頭と頭がぶつかり、私達はその場で蹲る。ううう…痛すぎて涙が出てきた。ぶつかった衝撃で認識阻害メガネもどこかへ飛んでいってしまったし、やっぱり外の世界は危険でいっぱいだ。
ぶつかってきた少女はそれ程ダメージがなかったのか、すくっと立ち上がると、ぱっちりとした大きな瞳で私のことを見つめた。そして、ぱああっと眩しいくらいに目を輝かせ、一気に距離を縮めてくる。思わず、「ひえっ」と情けない声が私の口から溢れ出た。


「あたしクララ!右足がコナーで、左足がマーフ!ねえねえ、もしかして、あなたが入間ちの妹??名前はえっとえっと……あ、マリちだ!あのね、マリちが全然こないからー、入間ちが心配しててー!これから捜しに行くところだったんだー!」

「あ、うっ、うえぇ……。」


「おい、大丈夫か?」

「すごい音がしたぞ。」

「あれ?女の子だ。きみも問題児アブノーマルクラスなの?」


ど、どんどん人が集まってくるううう…。図体の大きい悪魔に、金髪でチャラそうな悪魔、真顔で何を考えてるのか読めない悪魔に、なぜか血走った目でこちらを凝視してくる悪魔……怖い怖いみんな怖い。恐怖から声も出せず、縮こまって怯えていると、彼らの後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「マリー!」

「い、入間あああ…!」


集団を掻き分けてきてくれた入間の胸に、私は迷わず飛び込んだ。朝別れたばかりだというのに、まるで数年ぶりの再開かのようだ。入間は制服が涙で汚れることも厭わず、よしよしと私の頭を撫でてくれる。ああ、なんて安心感。頼りになるお兄ちゃんで妹は嬉しいです。
もう二度と離すもんかとぐいぐい顔を押し付けていると、黙って見ていた黒髪の悪魔が戸惑いつつも口を開いた。


「えっと、入間くんの妹…?」

「う、うん。双子の妹で、マリーっていうんだけど…。ごめん、ちょっと怖がりな子なんだよね。」

「そうだったでござるか。」

「ビックリさせちゃってごめんなさいね〜。」


クラスメイト達はフレンドリーな悪魔が多いのか、次々と私に優しい言葉をかけ、そして自己紹介をしてくれる。でも、やっぱり私は彼らが怖くて、最後まで顔を上げることはできなかった。

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