04


「あれ? あんずちゃんじゃないか。久しぶりだね。……そのレモンの蜂蜜漬けはキミが作ったのかな。へえ、とてもおいしそう。あんずちゃんは料理上手なんだね。
………ああ、僕?僕は朔間先輩に呼び出されて来たんだけど、どうやらここにいるのはあんずちゃんだけのようだ。全く、呼び出した本人が来ていないなんて信じられないよね?」


はあ、と溜め息をつけば、あんずちゃんは作ったばかりのレモンの蜂蜜漬けを僕に差し出した。これを食べて元気出してってことみたいだ。優しい子だな。僕は彼女にお礼を言い、ひと切れいただくことにした。

どうやら、あんずちゃんは『Trickstar』のみんなに差し入れするため、このガーデンテラスを借りていたらしい。テーブルの上にはいろいろな材料が並べられており、これからまた新しく一品作るようだった。
朔間先輩を待っている間、暇なら一緒に作らないかと誘われ、いや僕はいいよと一度は断ったのだけれど…。彼女は意外と押しが強く、僕は半ば強引にエプロンを着用させられてしまった。ああ、どうして僕があいつのために差し入れなんか…。

げんなりする僕に対し、あんずちゃんはなぜかウキウキした様子で、材料の確認をしている。何を作るのか聞けば、彼女はシュークリームだと答えた。レモンの蜂蜜漬けといい、なかなかに女子力の高いチョイスだ。


みんなの疲労感を少しでも軽減できたらと、そんな思いで、あんずちゃんはこの差し入れを考えたという。でも、始めは何を作ったらいいのか全くわからなかったから、教師に質問しに行ったり、栄養学の本を読んだりして勉強したらしい。
差し入れと聞いて、プロデューサーより運動部のマネージャーのようだと思っていたけれど、彼女も彼女なりにあいつらを支えようと努力しているんだなぁ。

頑張っているみんなのために、自分も何かできることをしたいのだと話すあんずちゃんは、献身的で好ましく、なんだか僕も協力してあげたくなってしまった。……ああ、参ったな。


クリームは何がいいと思う? みんなはどんな味が好みかな。七星くんは知ってる? 北斗くんの好きなもの。
彼女はそう言って、純粋な目で僕を見つめてくる。あいつに渡すものなんて、なんだっていい。むしろ、あいつの苦手なものを勧めてやろうかな。そんな意地の悪いことを考えていたはずなのに、脳裏に浮かんだのは彼の喜ぶ顔だった。




グレーテルに迷いはない04




「もぐ、もぐ、もぐっ♪ …うわぁ、すっごくおいしいよ、この……何だろう?名状しがたい何かのカタマリっ、得体がしれないけどンまい!」

「ふつうに差し入れっぽいレモンの蜂蜜漬けや栄養ドリンクもあるな。」


レッスンの邪魔にならぬよう、休憩時間を狙って差し入れを持っていけば、『Trickstar』の四人はとても嬉しそうに、あんずからの差し入れを受け取った。

彼女の差し入れはどれも美味しく、大好評だった。特に仙石忍から作り方を教わった忍者の非常食、兵糧丸は謎めいた見た目の割にすごく美味しいと、みんなから高い評価をもらうことができた。
過酷な一週間を乗り越え、筋肉痛で限界だと嘆いていた真も今ではいつもの笑顔を取り戻し、兵糧丸を口いっぱいに頬張っている。

よかった、喜んでもらえて。あんずはほっと胸を撫で下ろした。あとは“アレ”を渡すだけである。


「ん?転校生、それは何だ。」


あんずが運んできたクーラーボックスを見て、北斗は不思議そうに尋ねた。彼のその声に、食べることに夢中であった他の三人の視線もクーラーボックスへと向けられる。あんずはどこか嬉しそうな様子でクーラーボックスを開けると、その中身を彼らに見せた。

中に入っていたのは一見普通の手作りシュークリームだった。しかし、これは普通のシュークリームではないのだと彼女は自信有り気に説明する。すると、すぐさま目の色を変えたのは予想通りの男だった。


「ほう。『金平糖シュークリーム』だと…?何だそれは、興味深い…!」

「北斗くんのために作ったんだよ。」

「俺のために…?俺が金平糖好きだとなぜ知っているんだ?」


どういうことかと首を傾げる北斗に、あんずは先程ガーデンテラスで七星と会ったことを彼らに伝えた。そして、七星と一緒にお菓子作りをしたこと、北斗の好物は金平糖だと教えてくれたのは七星だということを打ち明ける。

真緒はガーデンテラスまであんずを迎えに行ったため、そのことを知っていたが、真緒以外のメンバーはあんずの話にとても驚いた様子だった。
特に北斗の反応は誰よりも大きく、目をこれでもかと見開かせた彼は、クーラーボックスの中から『金平糖シュークリーム』を恐る恐る取り出した。その姿はまるで産まれたてのヒヨコを手に乗せる少年のようであった。緊張感が此方にまで伝わってくる。


「こ、これを……七星が…?」

「っよかったじゃん。ホッケ〜!」


嬉しさのあまり、北斗の背中に飛びつこうとしたスバルだったが、それを逸早く察した北斗が俊敏な動きで回避する。危ないだろ、落としたらどうするんだ!?と本気でキレだす北斗を見て、真と真緒は慌てて宥めに入った。


「まあまあ!明星くんも悪気があったわけじゃないんだからさ。その辺にしておいてあげてよ。」

「そうだぞ、北斗。それよりもほらっ、いつまでも大事そうに持ってないで、早くソレ食ってみろよ♪」

「あ、ああ、そうだな…。
………。
……………。
……いや、やはり無理だ!これはあいつが俺のために、俺の好物を使って作ってくれた、謂わば奇跡のようなお菓子だぞ!? 勿体なさ過ぎて、俺には食べれない…!」

「ふーん。じゃあ、俺が食べちゃってもいいの〜?」

「ダメだ。おまえには絶対にやらん。」


きっぱりと拒否した北斗に、彼以外のメンバーはどっと笑い出す。疎遠になっている今も、彼のブラコンっぷりは健在のようだ。

そして、これをレッスン前に食すのはやや糖分が高すぎるから云々言い訳しだした北斗は、あんずに頼んで『金平糖シュークリーム』が入っていたクーラーボックスごと自宅に持って帰らせてもらうことにしたらしい。
ちょっとずつ大切に、よく味わって食べるのだと嬉々として話す北斗を見て、あんず達は早く二人が仲直りできますようにと心の中で願うのだった。


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