02


本屋に寄り道してから帰宅すると、階段の方から誰かと話しているあいつの声が聞こえてきた。どうやら誰かと電話中らしい。
僕はなるべく音を立てぬように靴を脱ぎ、自室へ向かって歩き出す。別に、会話を盗み聞きするつもりなんて微塵もなかった。

けれど、偶然耳に入ってきた内容に、僕はついその足を止めてしまう。あいつは『Trickstar』の新曲を作ってもらえないかと電話相手に交渉しているようだった。その相手は恐らくお父さんの知り合いで、僕らも幼い頃から世話になっているプロの作曲家だろう。

……しかし、驚いたな。まさか、あいつが親のコネを頼るなんて。まあ、それだけ本気で生徒会と戦うつもりだってことなんだろうけど。
そういえば、放課後は遅くまで特訓してるって朔間先輩が言っていたな。なんでも『S1』で何か仕掛けようとしているんだとか。……全く日々樹先輩といい、朔間先輩といい、聞いてもいないのにあいつの近況を僕に報告してくるの、いい加減やめてほしいんだけど。


「!七星、帰っていたのか。」

「………。」


電話を終えた北斗は、ようやく僕が帰宅したことに気付いたようで、「おかえり」と優しい瞳をこちらに向けてきた。
僕はそんなあいつを無視して、その横を早足で通り過ぎる。それからあいつがどんな顔をしていたかなんて知ることなく、階段を上り、自室に閉じこもった。




グレーテルに迷いはない02




「七星。」

「………………なに?」

「えっと…、今日提出の課題を集めてるんだけど。」


衣更はポリポリと頬をかき、困ったような笑みを浮かべてそう言った。確かに彼は数冊の課題ノートを腕に抱えている。僕は『心底関わりたくないんだけど、やむを得ない』感を出しながら、課題ノートを彼に手渡した。しかし、それでも彼は僕の前から立ち去ってはくれなかった。


「まだ僕に何か用?」

「……なあ、七星。俺たち、今度の『S1』に出場する予定なんだけど、よかったら見にきてくれないか?」

「は?絶対いやだけど。」

「そんな即答で断らなくても…。あれから、俺たちもかなり成長したと思うんだ。七星がいなくなって…、『Trickstar』は一時解散の危機に陥った。けど、おまえがいつ帰ってきてもいいように、『Trickstar』は存続していくべきだって、みんなと話し合って決めたんだ。俺たちは五人揃って『Trickstar』だから。」

「………。」
 
「『S1』は、俺たちの成長した姿をお披露目する絶好の場だって思ってる。おまえが、また俺たちと同じステージに立ちたいって思えるように、最高のパフォーマンスを披露するつもりだ。」


だから、俺のわがままを聞いてくれ。頼むよ。

そう言って、手を合わせる衣更に、僕は少しの動揺を見せた。そもそも僕は、彼を嫌ってなどいない。むしろ、彼の方が僕を嫌っているんじゃないかと思っていたくらいだ。
だって、散々迷惑かけた後に、勝手な理由でユニットを辞めた男だぞ。仲間だなんて思ってもらう資格、僕にはないのに。

困惑していると、休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。なんてタイミングがいいんだろう。「早く席に着きなよ」と冷たい言葉を投げかければ、彼は眉尻を下げ「待ってるからな」と呟いて去っていく。

僕、一言も行くなんて言ってないんだけど…。はあ〜と深い溜め息をついて、窓の外へと視線を移す。どうやら2―Aは体育の授業らしい。集団の中によく知る三人組を見つけた僕は、眩しい光を覗き込むように目を細めた。


prevnext
back
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -