01


「それは、もしかしてユニット衣装のデザイン画かな?……ああ、ごめんね。驚かせるつもりはなかったんだ。」


ニコニコと愛想よくそう言えば、転校生は肩に入っていた力を抜いた。しかし、突然話しかけてきた初対面の相手に、少し警戒しているようだ。放課後の図書室で独りでいるところを狙ったのも悪かったかもしれない。
訝しげな視線を向けてくる彼女に、やれやれと僕は先程拾った物をポケットから取り出した。


「僕は氷鷹七星。クラスは違うけど、キミと同じ2年生だよ。今日はキミに落とし物を届けに来たんだ。」

「あ、私の生徒手帳…!」


落とし物を受け取った転校生は「ありがとうございます」と言って、深々と頭を下げた。うん、礼儀正しい子だ。彼女の警戒心が解けたところで、僕は再び彼女の持っていたスケッチブックに目を向けた。

そこに描かれた赤色と青色の2タイプの衣装は、チェック柄で統一感もあって、とても目を引かれるデザインだった。キラキラ輝く装身具もお洒落でかっこいいし、何より動きやすそうな衣装だ。細部まで着る側のことを考えられている。……あいつらが喜びそうな衣装だな。

机の上に視線を移せば、そこにはデザインやコスチュームの本がたくさん積み上げられていた。ところどころのページに付箋が貼られていて、彼女が相当に努力家だということが察せられる。
でも、そうだな…。スケッチブックに人差し指を添えれば、転校生は不思議そうに僕を見つめた。


「このスニーカーは、ベルトやリストバンドと同じように各自のイメージカラーの物にしたらどうかな。良い意味でも悪い意味でも統一感のある衣装だ。もっとそれぞれの個性色を出しても良いんじゃないか、と僕は思う。」

「!」

「例えば、パンツの裾の折り方で区別化を図るのはどうだろう。一人一人の人間性も出るし、それなら経費もかからない。」

「な、なるほど…!」


僕が指摘したところを、彼女はコクコクと頷きながら描き直していく。かと思ったら、こういうのはどうかな、ここはもっと抑えた方が、と意見も出してくる。素直さもあって、自分の意見もちゃんと言える彼女を、僕は好ましく思った。

それから約一時間。彼女の熱意にやられて、僕も真剣に衣装デザインを考えてしまった。ああ、こんな長居するつもりは無かったんだけどな。


「それじゃ、僕はそろそろ帰るよ。あんずちゃんはまだここに残るつもりなの?」

「うん。北斗くん達が家まで送るって言ってくれたから。みんなの練習が終わるまで待ってるつもりだよ。」

「……そっか。じゃあ、衣装作り頑張ってね。僕は陰ながら応援しているよ。」

「うん。生徒手帳の件も含めて、今日は本当にありがとう。」


嬉しそうにスケッチブックを抱え込む彼女に、僕はにこっと微笑み、そのまま図書室をあとにした。




グレーテルに迷いはない01




「すまん、転校生。特訓が思っていたより長引いてしまった。明星と衣更は練習室の鍵を返しに行ってくれているから、俺たちは先に昇降口で待っていよう。」

「あれ、転校生ちゃん。なんだか嬉しそうだね!何かいいことでもあったの?」


真にそう聞かれて、あんずは違うクラスの友人ができたこと、その友人がユニット衣装のデザインをたくさんアドバイスしてくれたことを彼らに話した。昇降口へと続く長い廊下を歩きながら、彼らはその男子生徒の話題で盛り上がる。


「へえ、そうだったんだ〜。親切な人がいるもんだね。同級生ってことは、もしかしたら僕たちも知っている子かな?」

「その可能性は高いな。転校生、そいつの名前はなんて言うんだ?」

「えっと、」


“氷鷹七星くん”

そうあんずが言った途端、北斗の足がピタリと止まった。そう言えば彼の苗字も“氷鷹”だったとあんずが気づいたのと、真が心配そうに彼の名を呼んだのはほぼ同時だった。
真に呼ばれ、ハッと我に返った北斗は、二人の視線を逃れるように目を背ける。その表情はひどく苦しげであった。大丈夫かと尋ねようとしたところで、「……足を止めてすまない。行こう」と彼は再び歩き出す。真とあんずも顔を見合わせ、彼の後に続いた。


「転校生。七星は、その、俺のことを何か話していただろうか…?
…………そうか。特に何も言われなかったか。いや、すまん。転校生は悪くない。おまえも気づいているかもしれないが、俺と七星は双子なんだ。……ああ、似てないだろう?あいつは母親似だからな。」


フッと微笑を溢した北斗は、やがて深い哀愁がこもった瞳で言った。


「七星は『Trickstar』の元メンバーなんだ。」


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